第9話

「いやあー、さすがだねえ。アッちゃんの言う通りだったよ・・・」

車に戻った私へ、課長は嬉しそうな顔をして言った。昨日A子さんが新人教育を受けていたことを、ライド運営部のマネージャーからの携帯電話で確認したようだ。

「やはりそうですか。で、教育を担当していたのは誰ですか?」

「あっ、そうか! いけねえ。A子さんが新人教育を受けていたのなら、当然、誰か担当した人間がいるはずだね。あーあ、俺も、とろいなあ・・・ またマネージャーと連絡取ってみるよ」

「課長。電話するのもいいですけど、マネージャーを交えて、その教育係へインタビューしたらどうでしょう?」

「うーむ。そうだよねえ。誰も事故を目撃していないって、マネージャーは言ってたけど、教育中だったなら、その担当者が何か知っているかもしれないからね。わかった。マネージャーへ頼んでみよう」

「ぜひ、お願いします」

「ところで、A子さん、どうだった?」

私は彼女が再び寝入ってしまったことを伝えた。だが、彼女が自分の不注意を認めたことについては敢えて報告しなかった。

課長はいい人だ。しかし、彼を経由してA子さんの発言が伝われば、会社側はそれを決め手として調査終了に持ち込もうとするかもしれない。もちろん、労基署がそれを認めるかどうかは、正式に報告書を提出してみなければ分からない。だが、稼ぎ時に営業停止処分となるのを避けるためならば、証言書を作成し署名捺印させてでも事故原因を被災者本人へ寄せ込むのではなかろうか・・・

なにもこれ以前に同様のケースがあったわけではない。しかし、私の心の中には、そうした猜疑心《さいぎしん》が生じた。

「そうかあ、また眠ってしまったか。でも、大変な怪我をしたばかりなんだから、仕方ないよなあ。鎮痛剤もまだかなり効いていることだろうし。やはり、しばらくはインタビューできないかなあ・・・ 労基署へ報告書を出すの、間に合わんかもしれんねえ・・・」

課長はハンドルに両手を置き溜息をついた。

「課長。被災者本人のインタビューは、いったん諦めましょう。その代わり、他の人たちがどれだけ情報を持っているか、徹底的に調べてみましょうよ。本人へインタビューするにしたって、他の情報もあったほうがいいだろうし」

「うん。そうだね。アッちゃんの言う通りだ。よし、マネージャーと教育係に会いに行こう!」

私服のままの課長と私は、また、バックヤード周回道路を経由してバトルジェットの車庫へ入った。

広い車庫には、保全課員用の詰め所とは全く別に、ライド運営部用のテーブルがあった。ショーゾーンと車庫を区切る仕切り壁。その中央にスタッフが行き来きするためのアクセスドアがあり、このドアの車庫側のすぐ脇にテーブルがある。車中からライド運営部のマネージャーと連絡を取り合った結果、ここで合流することとなり、私たちはそこに座って待った。

テーブルと言っても一脚というわけではなく、事務用デスクが仕切り壁の際《きわ》に一つあり、その前に、折りたたみ式の会議用テーブルを4本寄せ合わせて作った島となっていた。イスも、キャスター付のチェアーの他に、折りたたみ式が十脚ほど置かれていた。事務用デスクには、内線電話や様々な冊子類、バインダーが所狭しと置いてあった。そばの壁には、業務連絡事項を伝えるための様々な文書類が貼ってあった。移動式のホワイトボードも二つあり、色々と記入してあった。要するに、そこは雑然としてた。

数分すると、私たちが入ってきたと同じ方向から、バトルジェットのユニフォームを着た男の子が一人、レジ袋を片手にテーブルへ向かってきた。彼は、ユニフォームを着ていない私たちを怪訝な顔で見ながら、一番隅のイスに座った。パートタイマー社員だった。ユニフォーム胸部につけたネームプレートの色が、「取締役」「管理職」「管理職ではない正社員」「臨時従業員」「パートタイマー」で異なっているため、容易に判別できた。彼はレジ袋をテーブルに置き、中身を出した。通用門を出てすぐ前にあるコンビニへ昼食を買いに行ってきたのだろう。中身は、ペットボトルのお茶とおにぎりだった。

もちろんバトル遊園には従業員食堂があった。休憩室もところどころあった。しかし、昼食時間帯はどこも混んでいた。

新入社員は別として、正社員ならば、多少なりともゆとりを持って昼食や休憩ができる裁量権があった。だが、パートタイマーはみな現場のポジションに縛られているため、混雑する従業員食堂で食事を取るとなると、かなり速く食べなければならない。コンビニで買って来て、現場近くで食べたほうが、少しはゆっくりと食べることができる。

バトルジェットの運行音が仕切り壁越しに響く無機質な車庫内。おにぎりとペットボトルを手にする男の子を目の前にして、私は、自分が、いわゆる『正社員』として雇用されていることに、後ろめたさすら感じた。

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