第7話

A子さんのご両親からは、まだ連絡がない。

課長と私は保全課員たちへ礼を述べた後、彼らの詰め所に寄ってマニュアルを借り、とりあえず自分たちのオフィスへ戻った。そして小会議室に入り、テーブルの上に分厚いマニュアルを置いた。マニュアルにはイラスト、図面、写真等などが数多く添付されていた。車庫内でのジェットの止め方に関しても、写実的で分かりやすいイラストがあった。

「保全課の連中や、ライド運営部のマネージャーが言う通り、やっぱりA子さんの不注意に尽きるというわけかあ・・・」イラストを見ながら課長は溜息をついた。

私もその意見に同意しかけた。が、一呼吸置いてから考えてみると、実に根本的な疑問が沸いた。そもそもA子さんはマニュアルを見ていないのでは? だからジェットの止め方を知らなかったのでは? という疑問だった。

「あっ、そうか。もし見ていないのなら、話は違ってくるよなあ・・・ ん? いや、マニュアルを見ていなくたって、聞いて知っていることだってあり得るよ」課長は反論した。

「ええ。あり得ますね。でも、それすらなかったとか?」

「うーん・・・ 新人ならまだしもなあ」

「そうですねえ。A子さん、春に雇用契約を結んだのだから・・・」

私はまた同意しかけた。が、またひと呼吸置いて考えた。ライド運営部で春から働いていることには違いない。しかし、最初からバトルジェットで働いていたとは限らない。他のライドで働いてから、最近になってバトルジェットに異動した可能性もある。

「あ、そうか。言えてるね。マネージャーに確認してみるね」

課長は小会議にある内線電話を使って、ライド運営部のオフィスへ掛けた。マネージャーは園内巡回中のようで、不在だった。課長は、自分の携帯電話へ掛けてくれるよう伝言を残し、内線を切った。

ライド運営部では、現場に出る際、たいていの正社員が、無線機を持たされていた。世の中に携帯電話が普及する以前からあるタイプの、基地局を介在して交信を行なう業務用無線機だ。電波出力が強いため、当局に開設許可を取らなければ使用不可のタイプである。タクシーの無線と同じだ。

課長の携帯はすぐに鳴った。ライド運営部のマネージャーからだった。無線基地経由にて即時伝達されたのである。

答えはすぐわかった。私が直感した通り、事故前日までA子さんは別の施設にいた。それは水流式ライド「バトルボート」であった。屋外の施設である。

ジャングル戦を想定した植栽。その中をうねうねと水路がいく。各所に水流を発生させる装置が設置されていて、お客様が乗った小型ボートは流されていく。銃撃や爆撃がひっきりなしに続く戦闘シーンをくぐり抜けると、古代遺跡の中にあるゲリラの拠点に辿りつき、ゲリラの資金源となっている財宝を捕虜と一緒に盗み出して逃げ去る。めでたし、めでたし・・・ 開発設計者は、ベトナム戦争の映画を自宅で鑑賞した翌日、海賊が略奪を繰り広げる人形ショーや、先住民が襲ってくるジャングル探検ショーやらをどこぞやのレジャー施設で観ているうち、こうした要素を混ぜこぜにしたコンセプトを思いついたといわれている。

ともかく、バトル遊園は遊園地、つまりアミューズメントパークだ。普遍的な理念の下、見事な調和を見せているテーマパークとは対局にある。世間では「アミューズメントパーク」と「テーマパーク」を一緒くたに考えている人が結構い多いが、後者においては厳格に自己定義している。もしテーマパークの関係者に遭ったなら確認してみると分かるはずだ。「お宅は遊園地ですか?」と問えば「いいえ、遊園地ではありません。あくまでテーマパークです」と語気を強めて即答するに違いない。

「バトルジェットでは新人だったというわけか。問い合わせてたら初めて言うなんて、マネージャー、隠そうとしていたのかなあ・・・」携帯を切った課長は腕組みをして首を傾げた。

「そうでしょうか・・・ 別のライドとはいえ、春から働いていたので、マネージャーとしては彼女が新人という感じがしなくて、特にその点を強調しなかったとか・・・」

バトル遊園では、パートタイマーの雇用期間は、平均三ヶ月程度だった。私が前にいたカフェチェーン事業部でもパートタイマーを無数に雇っているが平均雇用期間は半年以上で、これに比べるとずっと短い。学校の休みという集中的な混雑時期に合わせて短期雇用を大量にかけるから、このような平均値となるのだろう。

A子さんは春休み初めからの雇用で、五ヶ月以上のキャリアとなる。もうベテランの域と言ってもいい。ただし、それはあくまで事故前日まで働いていたライドでのこと。事故を起こしたバトルジェットでは、初日の新人となる。

「でも、初日だとすると、運営のポジションに就いて実働するわけにはいかないよね。A子さん、何をしていたのかな?」

「たぶん、教育を受けていたのでは?」

「あ、そうかあ。新人なら、新人教育を受ける。言われてみれば当然のことだねえ」

「課長、念のため、マネージャーへ確認してみて下さいよ」

「お、そうだね・・・」

課長は、今度は直接マネージャーの携帯電話へ掛けた。

「あらま、留守電サービスになってる」

「無線機だけで動いているのでは? 今日も入園者数が凄《すご》いようですから」

園内の混雑状況に関する情報は、私のような本部事務職へでも、毎日、人づてに速報が入る。一年のピークであるお盆は、特にそうだ。なにしろ後期のボーナスに大きく影響する。A子さんたちパートタイマーには一円たりとも出ないボーナスでもあるわけだが・・・

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