第5話

被災地点では、施設管理部の保全課員が二人、打ち合わせをしていた。

「ご苦労さん!」

課長は親しみを込めて声掛けをした。彼らとは施設管理部時代からの知り合いのようである。

「で、どうすることになった?」

「特殊なペンキを塗った上、LEDで周りを囲み、目立つようにしておくことになりました。昼までに材料は手に入りそうなので、午後一番には処置しておきます」先輩のほうの課員が答えた。

「えっ? それだけ?」私もそう思ったが、課長もそう思ったらしく訝しい顔をして訊いた。

「今朝もメーカーと連絡を取り合ったのですが、こうした事故は他の遊園地でもないそうで。つまり全世界のローラーコースターの歴史上、初めてのタイプの事故というわけで、他に再発防止策が思いつかないのです・・・」

「だいたい、切り替えポイントに立ち入るだなんて、常識外ですよ! ライド運営部は、どんな指導をしてるんでしょうかね! こっちは病気になりそうなぐらい忙しいのに、こんな幼稚な不注意で事故を起こして・・・」後輩課員が先輩の話を遮るようにして言った。保全課としては、今回の事故はかなり迷惑な出来事らしい・・・

たしかに、保全課員は皆、ハードな勤務をしていた。というのも、機械のメンテナンスを担当する彼らとしては入念に点検するため週一回は休園日としてもらいたいのだが、春休みからゴールデンウィークを挟んで夏休みが終わるまで休園日がないどころか、毎晩遅くまで営業している。特に夏休み期間は、混雑に応じて閉園時間を延長することも多い。高い理念を持ったファミリー向けのテーマパークとは全く異なり、バトル遊園は営利第一のアミューズメントパークなため、入場制限をせずに客を入れるだけ入れてしまうのだ。だから、保全課は深夜から早朝の作業が中心とならざるをえない。

課こそ異なれ最近まで同じ施設管理部にいたからであろう。課長は若い保全課員の憤りをそのまま受けとめた。それで後輩課員の態度は少し和らいだ。

「ところで、ここ、マニュアルってある? あったら貸してもらえない?」課長は先輩課員のほうへ訊いた。

「もちろん、ありますよ。機械の操作や修繕に関してまで含んでいて、分厚いマニュアルですが・・・」

「なぜか全域停止システムの仕様書だけ、別冊になってますけどね」後輩課員が付け足した。

「全域停止システム?」課長は訊き返した。

「ええ。所定の区間にジェットが二台入ってしまった際、全域で停止がかかるようになってるんです・・・」

後輩課員はさらに説明してくれた。

乗車効率を上げるため同時に何台もの車両を走らせるバトルジェット。ショーゾーンの本線は細かく区間設定されており、もし一つの区間に二台が入り込んだ場合には、追突を防止するためにブレーキが掛かるようになっている。本線の至る所に取り付けられたセンサーが発する信号を運行管理のコンピュータが受け取り、自動的にブレーキを作動させる仕組みだ。

「ふーん。で、そのブレーキって、二台入り込んだ区間だけに掛かるの?」課長は訊いた。

「ショーゾーンの本線全域にですよ。そうでなければ、さらに後続のジェットが次々追突してしまうじゃないですか」先輩課員が答えた。

「あ、そうか。じゃあ、今回の車庫内での労災はさておき、ショーゾーンの安全はバッチリというわけだ・・・」

「もっとも、車輪が外れでもしない限りの話ですけどね」後輩課員が水をさした。

「えっ! 車輪って、外れる可能性あるの?」

「そりゃあ、車軸が抜ければ・・・」

「ええっ! 車軸が抜ける可能性あるの?」

「そりゃあ、それを止めるボルトが外れれば・・・」

「おい! やめろよ、そんな話は!」先輩課員は後輩課員をたしなめた。

「うーむ、なんだか不安になっちゃうなあ・・・」課長は暗い声を出した。

「いや、心配しないで下さい。たとえ一つ車輪が外れても、残りの車輪が体を支えますから」先輩課員は語気を強めた。

「そう。でも、全部の車輪が外れちゃったら?」

「その可能性は限りなくゼロです。いや、というよりも、一箇所や二箇所、車輪が外れても大丈夫なように、たくさんの車輪をつけてあるのだから、全部の車輪が外れることは想定外です。それに、我々が毎晩、点検しているんだから、信頼して下さい!」

「あ、ごめんね。信頼していないっていう意味じゃないから・・・ ところで、車庫内にはブレーキシステムはあるの?」

「一つもありません」

「え? それじゃ、車庫内に入ってきたジェット、止まらないじゃん」

「ええ。すぐには止まりません。でも、見ての通り、本線と全く違ってレールはかなり緩やかな傾斜です。ジェット自身には動力はないので、ショーゾーン側から車庫に向かって押し出された際の速度はどんどん落ち、いずれ自然に停止します」

「なるほど。あ? でも、もし続けて何台も引き込んだら、それこそ追突しちゃわない?」

「たしかにぶつかりる可能性はありますが、速度が落ちているから、追突という言葉は適切じゃありませんね。それに、車庫内で互いにぶつかることを大前提としたタイヤみたいに太いゴム製のバンパーが、ほら、あの通り、車体前後に付いていますし・・・」先輩課員は車庫内に止めてあるジェットを指差した。

「それなのに、車体の前にわざわざ飛び出して止めようとしたから、事故につながったのですよ。困ったものだ、まったく・・・」後輩課員がまた愚痴を言った。

「でも、目撃したわけじゃないんでしょ?」課長が確認した。

「ええ。目撃はしてません。でも、結果から推察できますよ。どんな感じか、やってみせましょうか?」先輩課員は申し出た。

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