第36話

課長が移送先の大学病院から戻った。私たちは小会議室でまとめに入った。早しばらくしてマネージャーが合流した。さらにライド運営部長と事業部長も加わった。インタビューメモと、まだ作成途上にあった1H5W表を、全員にコピー配布した。マニュアルはバインダーから外し、会議テーブルの中央に広げた。そして、まず私が、被災者A子さんを軸に、事故の経緯を組み立ててみた。

当日。13時ちょうど。A子さんは出勤した。

車庫のテーブルで手短かなブリーフィングの後、新人教育は開始された。バトルボートではベテランだったため、出退勤や就業規則、園全体についての基礎知識など、全くの新人が受講する項目は省かれ、バトルジェットそのものの講義から教育は始まった。場所はあのテーブルである。

教育チェックリストの通り、第一単元は、バトルジェットの演出コンセプトについて講義が行なわれた。14時を回った時点で、第1単元は終了した。ただし、それが14時の何分何秒かは特定できない。

この時、アクセスドアが開き、P君が飛び込んできた。そして、車庫の奥へと駆けて行った。そのP君の姿を見た教育係、つまり臨職の彼は、このテーブルで待っているようにとA子さんへ命じてから、P君を追った。

しばらくして(とは言え数十秒程度だろうが・・・)、P君が一人車庫の奥から戻り、アクセスドアからプラットホームへ出ていった。臨職の彼は戻ってこなかった。腰抜けジェットのお客様を建物の出口へ繋がる通路へと案内していたからだが、A子さんとしては知る由もない。

数十秒ほどして、またアクセスドアが開き、P君が飛び込んできた。そしてまた車庫の奥へと駆けて行った。今度は、16人ものお客様を誘導しながらP君は車庫の奥から戻り、アクセスドアからプラットホームへ出て行った。が、すぐP君は戻り、また車庫の奥へと駆けて行った。空《から》になったジェットを、メンテナンスピットのほうへと送り込むために行ったのである。

P君の慌しい様子を見たA子さんは、おそらくはこの時点で、テーブルを離れてしまったのだろう。P君が慌ただしく行き来し、教育係は行ったまま帰ってこない車庫の奥。そこに強い関心を持ったのである。だが、P君が引き込みジェットに対応している姿を、この時点でA子さんが見たのかどうか、それは分からない。が、たとえそれを見ていたとしても、まだ運営手順を教わっていないA子さんには理解できるはずがない。そして、P君はまたプラットホームへ帰っていった。

しばらくしてまたアクセスドアが開き、またP君が飛び込んできた。そしてまた16人ものお客様を誘導しながらP君は車庫の奥から戻り、アクセスドアからプラットホームへ出て行った。

いったん車庫内の慌しさが収まったように、彼女には見えた。ここでテーブルに戻れば何も問題はなかった。が、彼女はさらに奥へと移動し、引き込み口が見える所まで来てしまった。

すると、引き込み口のショーゾーン側に、女性スタッフの姿が目に入った。それは4台目のジェットを送り込もうとする『最終確認係』だが、その役割をA子さんはまだ知らない。『最終確認係』は、拳を握った右手を大きく天に突き出した。明確な合図なだけに、何かの役割を求められたとA子さんは思ったに違いない。

『最終確認係』の姿が消え、引き込み口からは乗客を満載したジェットが入ってきた。放っておけば自然停止することを、A子さんは知らない。

猛スピードならば別として、早足で歩く程度のスピード、しかも徐々に減速しているから、危なく感じなかったのであろう。おそらく反射的に、A子さんはジェットの前に出て、動きを止めようとした。両手を車体前面に突き当て、押し戻す恰好。が、すぐには止まらず、ジェットに押され後退していった。ところが、切り替えポイントの所で、後ろ向きに倒れた。彼女はバンパーにしがみ付き、楔のようにして両足を押し入れた。安全靴の硬さに希望を託したのであろう。しかし、安全靴は潰れ、ジェットはさらに前進。ジェットに乗ったままのお客様たちの悲鳴の中、車輪は両足を巻き込みながら停止した。A子さんは気絶した・・・

「そういう事だったのか・・・」

事業部長は、眼鏡を外しながら大きく溜息をついた。

「樫見君、短い期間の中、よくぞ掴んでくれた。ありがとう」

溜息をつき終わった事業部長は、ねぎらいの言葉を掛けてくれた。そして、さっそく細かいオーダーをした。事故の時間推移が、数十秒という表現。できる事なら、何分何秒とまで推定できないか、というオーダーである。そのほうが労働基準監督署に対する説得力が増すだろうとの考えだ。

「そうですねえ・・・」私はどうやって細かく推定したらいいか考え込んだ。

「アッちゃん。この紙にプリントされている情報から、つかめないだろうか?」私の横に座っていた課長が、departure inhibit とdeparture habitが羅列された紙を指した。

「これはコンピュータの作動記録ですからねえ。この数値だけから人間の動きを推定するのは、ちょっと無理があるのでは?」マネージャーが水をさした。

「車庫内にはモニターの監視カメラはないと聞いているが、そうなのかね?」

事業部長はマネージャーへ確認した。

「はい。監視カメラは本線だけです」

そうマネージャーが答えたのを聞いた私は、K君が見せてくれた本線各所の記録画像に、細かく時刻が表示されていたことを思い出した。

「たしか、監視カメラは、本線だけでなく出発待機区画も写しているのでは?」私はマネージャーへ確認した。

「あ、なるほど! その画像があれば、『最終確認係』の動きと、ジェットが車庫へ送り込まれたタイミングを見ることができる! それとコンピュータ記録を照合すれば、正確な推定ができるかも・・・」

「さらに、送り出しの初速に車庫内での減速率を掛け、被災地点の距離とつき合わせてみれば?」ライド運営部長がマネージャーに続いた。

「あ! そういえばヘッドセットフォーンの会話音声も、録音されているはずです」マネージャーはつけ加えた。

「そうですねえー。そうすれば細かく判るでしょうねえ。あー、でも、部長。樫見君にはそうした計算はできないと思いますよ、技術系の専門家じゃないから・・・」課長がライド運営部長へ言った。

これ以上の負荷を掛けないように、と配慮してくれたのであろう。実際、誰の目にも疲労の色が濃く映ったはずである。

「いや、私は何も樫見さんにやってもらおうと思って言ったのでなく、誰か適切な人、そう、管制情報室のスタッフとかへ、頼んではと思ったのですよ」

「それならば、コンピュータ記録をプリントしてくれた人へ依頼してもいいですか?」

K君なら既にいきさつを知っているし、必ず引き受けてくれると思い、私は提案した。彼が社外の人間であることは伝えなかった。それを理由に拒まれることは、もはやないと思ったからである。