第34話

「マネジメントを行なう我々としても。いや、我々こそ、反省しなければならないことが、山ほどある・・・」

『最終確認係』の彼女をローテーションに戻したあと、マネージャーは独り言のようにして語った。

「それにしても、樫見さん。ご尽力、ありがとうございました。二度と今回のような労災を起こさないよう改善します。幸い、施設運営部長も、タッチパネルを交換する方向で動いてくれることになりましたし」

そう言ったマネージャーは頭を下げた。

「いいえ、そんな・・・ こちらこそ、忙しい中、ご協力ありがとうございました」

「とんでもない。もし他にも何か確認することがあれば、どんな些細なことでも申し付けてください。チーフのほうは、何かある?」

「ええ。まだ、医務室に連絡した人間を探し当てていませんが。分かり次第、樫見さんの携帯へ電話を入れます」

「え? 医務室に連絡した人間、不明だっけ?」

別のライドの動作不良で今朝の『発車係』へのインタビューに来れなかったマネージャーは、チーフの顔を見た。

チーフは更新された情報を伝えた。

「結果的に産業医や看護師が来てくれたとしても、奇妙だねえ」マネージャーは首をかしげた。

「まだ訊いていない人間がいますから、たぶんそのうちの誰かが・・・ とにかく訊いて回ります」チーフは言った。

「あ、でも、チーフ。お忙しい中、大変でしょうから、このあと、医務室に立ち寄って、直接、産業医に確認してみます。前任の先生には何度か会ったことがありますが、後任の先生にはまだ挨拶もしていないので・・・」

「そうですか。よろしくお願いします。でも、やはり、私のほうも、そのスタッフをみつけておきますね」

「はい」とだけ答え、私は離席をするためテーブルに広げたメモ類をファイルへしまった。その際、昨晩K君にプリントアウトしてもらった、departure inhibit とdeparture habitが羅列《られつ》された紙が見えた。私はそれを取り出し、マネージャーに見せた。

「えーっ?! こんなに!・・・ 二度押しどころじゃないや!」

マネージャーの驚いた姿にチーフも身を乗り出して紙をのぞき込んだ。

「原因はいったい何でしょうか?」チーフも声をあげた。

「実は・・・」

私は、証明が不可能であることを前置きした上で、静電気の仮説を伝えた。

「昨日あたりからましになったけど、今年の夏は異常乾燥だからなあ。化繊の絨毯が敷き詰められ、冷房で除湿されている監視室の中なら、あり得るかも・・・。樫見さん。これ、借りてもいいですか? コピーをとった後でお返しします。施設管理部長の動きを加速させるのに、いい材料なので・・・」

「ええ。どうぞ」私はこの紙を残して、産業医に会いに医務室へと向かった。

初めて会ってみて、U子の言った意味が理解できなくもないように思えた。

前任者の先生と違い、やる気がなさそうに見える産業医だった。決められた時間さえバトル遊園に身を置いていればそれでいい・・・ そうした勤務姿勢ではないのだろうか、と勘ぐることもできなくなかった。

本来、産業医の制度とは、労働者の健康管理のための制度だ。お客様のためのものではない。バトル遊園の事業規模では専属の産業医を置かなければならずこの先生とは専属契約していたのだが、バトル遊園は、本来の通り産業医に専念した場合に払うべき報酬よりも高い報酬を払うことで、いわば『ついでに』お客様への対応もお願いをしていた。

また、バトル遊園では正社員の人数は最少に抑えてあったが、パートタイマーの人数はとても多い。会社が選任しなければならない産業医の人数は、その事業所が常時雇用している労働者の人数次第で決まるのだが、『バトル遊園で常時雇用している労働者は正社員だけ』と解釈すれば、産業医は一人でも構わない事業規模となる。しかし、パートタイマーも常時雇用している労働者である、と解釈すれば、バトル遊園は二人以上の産業医を選任しなければならないほどの規模となる。とはいえ、パートタイマーのほとんどは、園内が混雑する時季に集中して雇用され、閑散期には雇用されない。この実態からして、パートタイマーも常時雇用している労働者だと断定することもできない。が、いずれにしても、会社としては産業医に掛ける費用を抑えたい。

こうした中、バトル遊園は、この先生一人だけを選任していたのだが、はたしてこの状態が法律違反になるのかどうか、グレーである。つまり、この先生にしてみれば、本来、二人で行うべき仕事を一人で担当している上に、『ついでに』お客様への対応もしている、とも言えなくない状態だ。報酬を上乗せされているからとはいえ、この状態が、この先生のやる気を削いでいたのかもしれない。

でも、せっかく会ったのだから、一応は訊いてみた。

事故を通報する内線電話を取ったのは?

「私です」

誰が掛けたのか分かる?

「男性でしたが、名前は分かりません。とにかく車庫へ飛んで行きましたよ・・・」

以上。

これだけのことだった。やはり、引き続きチーフの調査結果を待つしかないと思い、医務室を去った。

急に空腹を覚え、現場用の従業員食堂に寄った。U子と一緒に行った時と同様、大変な混雑だった。だから、御飯やお味噌汁を求める人たちの待ち列には加わらなかった。まずいのを覚悟でテイクアウトを買った。が、前回あまりにもまずかったサンドウィッチは避けた。期待はできないが、ホットドックにしてみた。自動販売機で缶コーヒーを買い、コミュニケーションルームへ行った。

例によって本来の目的を果たしていないコミュニケーションルームは、第二食堂としての利用者、そして仮眠室としての利用者だけとなっていた。上半身を伏せていてもユニフォームのデザインから、今日も保全課員が多いことが分かった。

期待していなかった通り、ホットドッグは缶コーヒーに頼り胃に流し込むしか方法はなかったが、空腹は押さえることができた。

コミュニケーションルームを出た。その時、携帯が鳴った。チーフからだった。医務室へ通報した人が誰だったのか、判明したのである。それは『降車係』だった。