第30話

監視室に入った。今までの様々な情報から色々と想像はしていたものの、圧巻だった。二階とはいえ、かなり高い位置にあり、そこからはプラットホームのみならず、ジェット本線も、部分的ながらもよく見えた。
屋外の待ち列からつながるトンネル。そこから続々とお客様が現れる。カットアンドゴーが小刻みに繰り返されるが、プラットホームはびっしり人で埋まったままだ。待ち列に並ぶ人々は、頭上を舞うジェットを見上げたり、次々と帰還するジェットに視線を走らせたりしながら前へ前へと進んでいく。帰還し降車した人たちは、興奮さめやらぬ様子でプラットホームを小走りに建物出口方向へ向かう。
空になったジェットは、すかさず一つ前の位置へ移動する。乗車係の指示を受け、待ちに待った人たちがすばやく乗り込む。満杯となったジェットはプラットホームから最終待機区画へと移動し、前方のリフトが空くのを待つ。
『トンネル出口係』『待ち列整理係』『乗車係』『降車係』『出口誘導係』『発車係』『最終確認係』の各ポジションが機敏に連携。チームワーク以外の何物でもない。
かたや、薄暗い監視室は、ハーフミラーの防音ガラスで騒音は遮断。床は厚手の絨毯。冷房がよく効いている。何もなければただ眺めているだけの、一人きりの『モニター係』。ユニフォームの衣ずれの音すら聞えそうである。
静寂の世界から眺める人々のうねり。氷山の頂上に腰を掛け、眼前の火山から流れ出る溶岩を眺めているにも似た気になり、私は、チーフが横に立っていることすら忘れてしまった。

「すごいでしょう?」
つい先ほどまでマネージャーとともに険しい顔つきになっていたチーフは、誇らしい笑みで私を現実の世界に引き戻してくれた。
「さて、たまにしか起きない現象なので、再現はできないでしょうが・・・」そうチーフは前置きをして説明を始めた。
「さきほど『あれ』と呼んだ現象は、ボタンを押した時の、すばやい反応のことなのです。と言っても、ボタンとは、ご覧のようにディスプレーの表示ですから、物理的にしっかりと押した感触はありません」
もちろん私も、銀行のATMで現金引き出しを続けてきた普通の人間だけに、タッチパネルの操作感覚は分かる。それに、私はいまだガラ携でスマホの操作には慣れていないものの、家には母と一緒に使っているタブレット端末がある。だから、マネージャーとチーフが「あれ」と呼んだコンピュータディスプレーの現象が、どれほど特殊なものなのか、この段階ではよく分からなかった。
「で、ここのタッチパネルは押した人間と、機械の間の電位差で、反応する方式だそうで・・・」
「そうですか・・・」
「もっとも、これは施設管理部側の説明で、私自身が専門的に十分理解しているわけじゃないのですが・・・」
「私は、こうした装置は、指で加えた圧力に反応しているのかと思っていました」
「ええ、物理的な圧力を感知する方式もあるそうですが、ここのパネルは、ともかく電位差だそうで、ほんのわずかでも接触すれば反応するのです。そのぶん、『押す』という表現に値するほど強く触れようとすると、よくありません。実際には、ボタンに『触れる』と言うほうが、近い感覚です。新人トレーニングの際にも、その点、徹底的に教えます。ちょっと、お見せしましょう・・・」
チーフは、部屋の隅から折りたたみイスを2つ持ってきた。そして、たくさんのモニターが設置してあるカウンターの前、背もたれが立派な『モニター係』専用のチェアーの脇へと並べた。チーフは私を座らせた後、自らも座った。そして、『モニター係』に就いている男性へ指示をして、予備のモニターを始動させた。
ショー効果上の音源とは別系統で取り付けられている非常用館内放送。その各所のスピーカーのオン・オフ(ON/OFF)。そして、音量の上げ下げを行なうスライダーが付いている、画像表示だった。

「こうやって軽く触れれば・・・」
そう言いながらチーフは、『OFF』と表示されているボタンにひとさし指で触れた。すると、『ON』という表示へと変わった。
「今のが何か?・・・」
それが当然の作動かと思った私はつぶやいた。
「今のは正常に作動しました。『OFF』と表示されているボタンに触れれば、スピーカーは実際にOFFの状態になり、でもボタン表示は『ON』となる。では、元の状態へ戻してみましょう・・・」
そう言ってチーフは、ボタンに再び触れた。
「今のも正常に作動しました。『ON』と表示されているボタンに触れ、スピーカーは実際にONの状態に戻り、でもボタン表示は『OFF』となったわけです。さっきの話に出た、出発待機区画内の自動発進システム。この『解除/再開』も同様です。ただし・・・」
チーフは話を一瞬止め、『モニター係』が座っている位置の真正面へ視線を移した。私がその視線を追うと、そこには大きな物理的ボタンがあった。
「ただし、あのブレーキの全域停止ボタン。つまり非常ボタンは、別格ですけどね・・・」
ボタンは赤い半透明のプラスチック製で、コップほどの直径の円筒の筒に、円形の板を貼り付けたような形状だった。筒の中では明かりがついていて、赤信号のように目立っていた。マニュアルに添付されていた写真で知っていたのだが、じかに見てみると存在感はとても大きい。「ばこん!」という表現を用いながらテーブルを叩いてみせたマネージャーの仕草がまた脳裏に蘇った。

「で、『あれ』と呼んだ現象とは・・・」チーフは本題について説明を始めた。
それは、タッチパネルのボタンを1度押したつもりが、実際には2度押されたとコンピュータが感知し、結果、1度も押してないと同じ状態となってしまう現象。
たとえばON/OFFのボタンの場合、ONの表示を押し、瞬時OFFの状態に変わってもすぐONの表示に戻ってしまう。これが、自動発進システムならば、『再開』のボタン表示を押し、瞬時再開されてもすぐ『再開』の表示へと戻ってしまう。この現象が目に留まらぬ速さで起きれば、画面がフリーズしてしまったように見える。
力まずにさらりとパネルに触れるのが、この現象を発生させないコツとなるが、たとえこのコツを守らなくても、発生する確率は極めて低い。滅多に起きない現象というわけだ。とはいえ、いざ起きてしまうと、滅多に起きないだけに、操作する人間の混乱を招きやすい。その点、今回、『モニター係』は冷静に対応をした、と言える。

「ライド運営部としては、パネル交換など、対策を希望してきたのですが・・・」
「誰に対して?」
「管制情報室を配下とする施設管理部長です。しかし、滅多にない現象だし、会社が、コスト削減に厳しいこともあり、まだ応じてくれていないのです」
「でも、安全のことを考えれば、そうも言ってられないのでは?」
「いや、それが、施設管理部長は、『安全上の問題なし』という見解なのですよ。マネージャーが直接怒鳴り込みにいったようだから、ようやくその見解を覆すことができるかもしれませんが・・・」
「具体的には、どういう見解なのですか?」
「自動発進システムの『再開』のボタンを一時うまく操作できない場合に的を絞って、説明しますね」
「はい。お願いします」

「『ボタンを一時うまく操作できない』という、この一時的な出来事のために、お客様の乗ったジェットをリフトへ送り出すことができないままとなってしまった・・・としましょう」
「ええ」
「そうなると、まだプラットホームにいるジェットも止まったままとなりますよね」
「はい」
「そうした状態でも、ジェットは次々帰還してきますよね」
「ええ・・・」
「すると、帰還ジェットがプラットホームの手前に詰まってしまうので、自動的に全域でブレーキが掛かかります」
「ええ、たしかに・・・」
「そうなると、全てのジェットのフィンは、ブレーキの強い力でしっかりと抑えつけられるので、追突や転落とか、走行中に起き得る事故の可能性がゼロとなるわけです」
「えー・・・。あ、でも、ボタン操作を一時うまくできないということは、コンピュータに故障があることの証しかもしれず・・・ あ、いや、コンピュータが故障した場合でも全域でブレーキは作動するのだから、えーと・・・」私は自分の論点が途中で分からなくなってしまい、言葉を詰まらせた。

「あ、すみません・・・ まだ説明不足の点がありました。『ボタンを一時うまく操作できない』というのは、あくまでもボタン操作をする者の立場から見た表現です。コンピュータに不具合が発生したという意味ではありません」
「そうなんですか?」
「ええ。押す人の指とパネルの間に、瞬間ながらも、電位差が2度起きているわけですが、コンピュータとしてはそれをちゃんと感知し、正しく反応していることになります」
「というと?・・・」
「たとえば、0.01秒の間隔で指を動かすことができる超人的な運動神経の持ち主がいた、と仮定しましょう。この人がボタンを続けて2回押した。コンピュータもちゃんと応じ2回反応した。この例と結果的には同じというわけで、コンピュータの不具合とはならないのです」
「なるほど・・・」
「それに、コンピュータの不具合が発生したら、すぐにブレーキが掛けた上で運行システムが停止しまうに仕組まれているわけですから、このような現象が起きる余地がありません」
「うーん・・・」
私はぐるぐる回るような理屈に、すっかり腕組みをした。
「まあ、施設運営部長にしてみれば、『全域停止ブレーキには安全上の意義があるのだから、それを自然に発揮させればいい』ということなのですよ」
「まあ、それはそうですねえ・・・」
「ええ。しかし、我々にしてみれば、全域停止後のお客様への対応が大変なので、なるべく止めずに運行したいのです。特に、3時間以上の待ち列があるようなピークシーズンには・・・」