第28話

17時となった。チーフとマネージャーと私を前に、『乗車係』がテーブルについた。

女性。パートタイマー。昨年の夏休み。今年の春休み。ゴールデンウィーク。そして今年の夏休み、と大型の休みの度《たび》、バトルジェットを経験している。

乗車側プラットホームの前寄りに立ち、空車のジェットが移動してきたら、「お待たせしました。どうぞ乗って下さい!」とお客様を誘導する『乗車係』。お客様がなだれ込むような事態にならないよう、流れを必ずカットする責任を負う。なにしろ、万が一、空車のジェットが移動してくるタイミングでお客様がプラットホームから転落したら死亡事故になりかねない。複雑な手順が伴う作業ではないが、出発を待ちに待ったお客様たちに対する強い牽制力が必要なポジションである。

あなたが『乗車係』に就いている間、腰抜けジェットが1台発生したはずだが?

「はい。『発車係』からの対応依頼がありましたので・・・ その合図が送られてきたので、お客様の乗車を止めておきました」

その間、腰抜けジェットが通り過ぎていったことになるが?

「はい。乗車を止めている間、目の前を通り過ぎていくのを見ました」

乗車の再開は?

「その腰抜けジェットがプラットホームを離脱し、『発車係』からゴーの合図が来た時です」

乗車再開したジェット。つまり腰抜けジェットの次のジェットが、安全バーが降りず不具合と判定されたことは、知っていた?

「はい。不具合ジェットを引き込む合図を『発車係』から受け、『待ち列整理係』のP君へそのまま転送しましたので・・・」

さらに2台、ジェットが車庫へ引き込まれたことは?

「引き込みジェットの合図を、また転送したのは覚えていますが、2台だったのかしら?」

台数は異なる?

「うーん、記憶に自信がありません。次々、合図を仲介し、P君から乗客を引き渡されては再乗車させて・・・ なんというか、バタバタした感じで。処理回数まではよく覚えていません。でも、言われてみれば、さらに2台のような気もします・・・」

その2台のジェット、引き込みの理由は聞いている?

「えー、そう言えば、そのジェットについては、引き込みの合図だけでした」

というと?

「つまり、理由の合図が加えられていませんでした」

理由の合図がなくて、おかしいとは思わなかった?

「ええ。私の立場、いえ、『乗車係』の立場では、理由の合図なしに、引き込みの合図が来ることはよくありますので」

理由を知らなくても、問題ないの?

「はい。『乗車係』の立場では、腰抜けジェットの場合を除き、引き込み理由を知らなくても問題ありません・・・」

整理すると、腰抜けジェットが発生した後、『乗客係』としては、合計3台分、再乗車させたことになるが、スムーズにできた?

「スムーズでした。ただ、いったんプラットホームの待ち列をカットし、割り込みをするかたちで作業を行なうので、ブーイングを受けましたが・・・」

ブーイング?

「ええ。列に並んでいるお客様にはこちらの事情が分からないだけに、不平の声があがりました」

そのあと、変わったことは?

「いいえ。再乗車が済んだあとは、いつも通りの運営でした」

次のポジションへ移ってからは?

「それも、いつもの通りでした」

ちなみに、A子さんの事故を知ったのは?

「自分の勤務時間が終ったあと、ロッカールームで聞きました」

『乗車係』への質問は以上だった。彼女はローテーションへ戻った。

「『乗車係』は、腰抜けジェットを除き、倉庫へのジェット引き込み理由を知らなくても、ルール違反ではないようですね?」私は念のためチーフへ確認した。

「ええ」

「では、逆に、理由を知った上で対応する必要があるポジションは?」

「『発車係』です。もっとも、『発車係』は、その権限で引き込みをするかどうか判断するので、『理由を知った上で』というより、『理由を示す』立場にありますが・・・」

「監視室の『モニター係』は理由を知る必要はないの?」マネージャーがチーフへ確認した。

「『モニター係』は引き込み操作をするものの、理由にかかわらず、操作手順は同じなので・・・ とはいえ、ヘッドセットフォーンをつけているので、『発車係』と『最終確認係』の間で、もし理由についてやりとりがされていたら、その会話から理由を知ることにはなりますが・・・」チーフは説明した。

「ふむ。言われてみれば、そうだったね。『発車係』から、引き込みの依頼を受けたら、『モニター係』は・・・」マネージャーはそう言いながら、マニュアルをめくり、モニター係によるジェットの車庫への引き込み操作フローを確認した。

a.出発待機区画内にある自動発進システムの解除。

b.ポイントの車庫側への切り替え。

c.ジェットの押し出し(つまり車庫側への送り出し)の操作。

d.ポイントのリフト側への切り替え。

e.自動発進システムの再開。

「引き込みの理由がなんであろうと、この流れで行なえば、『モニター係』としては役割を果たすことになるわけだ。ま、今からのインタビューでも確認してみよう。じゃ、チーフ。『モニター係』に就いていた人、呼んで・・・」

マネージャーはチーフへ頼んだ。

「はい。でも、その前に、『待ち列整理係』だったP君を、もう一度呼んでいいでしょうか? というのも、彼、4台のうちの後半2台の引き込み理由、さきほどのインタビューで言ってなかったと思うので・・・ 樫見さんのメモでは、どうなっていますか?」

私はメモをめくった。すると、チーフの指摘通りだった。P君は、引き込み理由に関して触れていない。

「でも、さきほど、『乗車係』が、あとの2台については引き込み理由の合図が加えられていなかったと言ってましたから・・・」

「あっ、そうですね。『待ち列整理係』のP君へ引き込み合図を転送するのは『乗車係』だから、その『乗車係』が引き込み理由を知らない以上は、P君も知りようがないですものね・・・ 樫見さんの指摘の通りです」とチーフは認めた。

「なるほど・・・ まあ、機会があったでいいから、確認しておいて・・・」とマネージャーは言った。

チーフは内線電話を『モニター係』のインタビューの手配を始めた。その間、私は、『モニター係』へのインタビューに備え、またマニュアルをぱらぱらとめくってみた。参考用の図面やイラスト、写真が掲載されているページもめくった。そこには、モニター画像を掲載したページもいくつかあった。

これらを見ているうち、管制情報室のK君のところへ再度行こうと思っていながら、U子に呼び出されたため、行き損ねたことを思い出した。このインタビューの後に獣道を使って直行しよう、と考えながらさらにページをめくっていると、K君が管制情報室で見せてくれたのとは別の、モニター画像の写真が掲載されていることに気がついた。何度も目を通したつもりだが、まだまだ見落としがあったのだ。

しかし、今まで様々な人たちから聞いた話によって、勘がよくなってきたのだろう。その画像が何であるかは、すぐ見当がついた。でも、念のため、私はマネージャーにその写真を指し、確認した。

「ええ。樫見さんの言う通り、さっきのabcdeの流れを行なうための、ディスプレー画像ですよ」マネージャーは応えた。

「銀行のATMのタッチパネルみたいに、画面のディスプレーを指先で軽く触れれば、作動するわけです。私が、昨日、説明したような、『ばこん!』と押す、ごっつい非常ボタンではなく・・・」

そう言えば、昨日、マネージャーは、大きな音を立ててテーブルを平手で叩き説明した。この情景が思い出されてみると、まだ一日しか経たないのに、何ヶ月もの期間が経過したような、不思議な感覚に囚われた。と同時に、マネージャーとチーフに対する、親愛の情が湧きあがった・・・