第22話

私が食堂に着いたのは十一時半頃だったが、もう大変な混雑だった。ライド運営部のみならず商品販売部、飲食販売部、清掃部その他パートタイマー主力の現業部門では、早めに食事を済ませるパートタイマーと、遅めに食事を済ませるパートタイマーを分けて時差昼食を推進していたが、それでも収拾がついていなかった。

「アッちゃん先輩! こっち、こっち!」

ライドの待ち列ほどまでには長くないが、早く食事を済ませたい人間には気の遠くなりそうな列。これに巻かれてきょろきょろしていた私へ向かって、U子は大きく手を振りながら大きな声を出した。殺気立った周囲の視線が彼女を浮き彫りにした。が、彼女は全く気にしていない。

「想像以上だわ・・・」

「あら、先輩初めて? この食堂」

「うん」

「それじゃあ、驚いちゃうわよネ」

カフェチェーン事業部から遊園地事業部へ異動してから日が浅いとはいえ、福利厚生を担当する部署に配属された以上、もっと早く訪れておくべきであった。しかし、大量の事務仕事で机にしばりつけられていたこともあって、45分しかない昼食休憩はいつも本部ビル内で過ごし、現場の食堂まで出向く機会がないままだった。

「もし先輩が白い御飯やお味噌汁とかでなくていいんなら、要領いい方法があるんだけど・・・」

「そう。肝心な話を聞きたいし、それでいいわ。でも、すぐ横に人がいない場所、あるかしら?」

「大丈夫よ。じゃ、先輩、付いて来て!」

U子は待ち列を迂回し、厨房と接する長いカウンターとは別に設けてある陳列棚へ私を連れていった。サンドウィッチ、ホットドック、焼きそば、ピラフ等々、出来合いの物を透明のプラスチックケースに詰めたテイクアウト専門の棚だった。長蛇の列とレジは一緒だが、こちらを買った人間は、割り込みができルールとなっていたのである。

レジを済ませ自動販売機で飲み物を買った後、U子は私を食堂から連れ出し別の場所へ行った。そこは従業員用のコミュニケーションルームだった。

「終業後、従業員どうしが自然に知り合う」といった社交サロンのようなコンセプトで作られた部屋であったが、実際には、テイクアウトやお弁当を食べる人たちの第二食堂。兼、たとえ数分でも仮眠しようと駆け込んでくる人たちの救いの場と化していた。とはいえ、寝転がれるようになっているわけではない。だから、眠りたい人は、イスに座ったまま上半身を前に折り曲げテーブルに伏す恰好となる。ただ、イスもテーブルもゆったりしているので、学校の授業中に居眠りするよりは楽そうだった。眠っている人たちの多くは、着ている作業服のデザインから、施設管理部の正社員であることが分かった。徹夜明けの人も多いのだろうか?

テイクアウトは、まずかった。缶コーヒーで無理やり押し込むしか手立てはなかった。外のコンビニからおにぎりを買ってくるパートタイマーの気持ちが、よく分かった。

「で、Uちゃん。産業医のことって、どんなこと?」

「それがね、看護師さんから聞いた話なんだけど。あの先生はね・・・」U子なりに気をつかったようで、彼女は缶コーヒー片手に声をひそめた。

「悪い人じゃないけど、ずいぶんと消極的なお医者さんなんだって!」

「消極的?」

「ええ。従業員が体調悪いと相談しにいっても、完全に受身で、頭が痛いと言えばただ頭痛薬を出すだけ。お腹が痛いと言えばただ整腸剤を出すだけ。あとは街の病院へ行くように、とアドバイスするだけなんだって!」

「それで?」

「それだけよ」

「そう、ありがと・・・」

すっかりA子さんの事故に関係ある話かと思っていた私は、言葉が途絶えてしまった。U子へ情報収集を頼んだのは失敗だった、と私は思った。

「でも、先輩・・・」

私の思いを顔に出さないよう最大限努力した。が、U子は察知したようである。

「でも、先輩。あの産業医って、A子さんの対応で現場へ行ったんでしょ」

「と聞いているけど・・・」

「その時も、ただ、A子さんをジェットから引き出すことを指示して、担架《たんか》で運ばせて、救急車にバトンタッチしただけなんだってネ!」

「Uちゃん、同行した看護師さんへ質問してしまったの?」

「まさか! そんなことしないわ。大丈夫よ、先輩。さっきシーツとかの棚卸しで行った時、看護師さん同士の会話から、知っただけ」

「そう・・・」

「どうやらあの先生、看護師さんの間で、ぜんぜん人望がないみたい」

うーん・・・ 叔父は、どんな情報でもストックしておくようにとアドバイスしていたが、こんな人物評価も何かの役に立つことはあるのだろうか? とにかく私が掴みたいのは事故の経緯だ。

「ありがとう、Uちゃん」

叔父のアドバイスを一応信じておくことにした私は、礼を言った。だが、引き続き情報収集をして欲しい、とは言わなかった。

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