第21話

管制情報室とは、大型コンピュータとそれが関与する大型機器の運行情報が全て集中するセンターであった。私は文系出身。コンピュータは嫌いではなかったが詳しくなかった。が、遊園事業部への異動時に受けた初期研修で観たビデオで、その存在が誇らしくアプローチされていたので、記憶によく残っていた。

管制情報室の入り口はオートロック式だった。ドアの横には、暗証入力キーとインターフォーンがあった。入室する人間を必要最少限にするためである。情報室も保全課も施設管理部のセクションだが、保全課の先輩社員ですら暗証番号を知らないようで、インターフォーンを鳴らして室員を呼び出し、ドアを開けてもらった。

室内は広かった。小学校の体育館にも近い床面積である。天井も2階ぐらいの高さがあり、実際、中2階ぐらいの位置に部屋を一周できるテラスが壁伝いに設置してあった。透明なパネルで仕切られたブースが多数並んでいて、周囲のテラスに立てば、全てのブースの様子を同時に見ることができるだろう。

先輩課員がインターホーンで呼ばれた室員へ要件を説明した。室員は無口無表情な人で、ドアのそばに立ったまま、黙って説明を聞いた。聞き終わるといきなり歩き出した。先輩課員と私はその後を追っていった。室員は一番隅のほうのブース前で立ち止まった。イスに座って黙々とキーボードとトラックボールのマウスを操作している男性の後姿が、透明パネル越しに見えた。

「ここ・・・」

室員は声にもならないほどの大きさでようやく口を利いたが、そのまま去っていってしまった。知り合いとはいえ保全課員もこの愛想のなさに驚いたようで、私を見ながら肩をすくめてみせた。

ブースにはドアがついていなかった。人がすれ違うことができる程度の幅の開放口である。仕事中の男性は、私たちがブースの前に立っていることにふと気づき、振り向いた。

「あれっ! 樫見じゃないか!」

「えっ! あなたこそ・・・」

その男性は、なんと高校時代のクラスメイト、K君だった。二年生の時、私の親友だったK子へアタックを掛けていた彼とは、ダブルデートをしたことがあった。

「なんでまたここに?」

「えーっ、ずいぶんじゃない、そんな質問・・・」

笑いながら立ち上がったK君は、上着の内ポケットから名刺入れを取り出し、保全課員と私へそれぞれ名刺をくれた。

「うちの会社、おたくの会社のコンピュータプログラミング、たくさん請け負ってるんすよ」

「そうかあ。K君が電子専門学校に進学したのは知っていたけど、そのままコンピュータの会社へ入社したのね。でも、雰囲気、高校の時と全然変わっていないじゃない」

「樫見のほうこそ、来ている服は違うけど、あの頃のままだねえ。すぐ、おまえだって分かったよ。でも、バトル遊園で働いているとは、知らんかったねえ。あー、驚いた」

「驚いたと言えば、K君、鼻血体質は治ったの?」

「え? 参ったなあ。鼻血のこと、覚えてるのか。いやあ、お恥ずかしいながら、今でもときどき鼻血は出ちゃうね。ははは・・・」K君は頭を掻いた。

むしろ健康優良児の部類であったK君だったが、何かあると鼻血を出すことで有名だった。その何かとは、たいていコンピュータゲームで徹夜を続けたりとかした場合だったが、ダブルデートで行った映画館の中でK子の手を握り出血したこともあった。すぐ止まる程度だったが、映画館から出た直後、太陽のもと流れ出た血には、ギョッとした。その次のデートが成立しなかったのも、女医や看護婦を志すには私以上に程遠いキャラクターだったK子にとって、インパクトが強過ぎたからだろう。

だが、そのぶん、K君は鼻血対応のエキスパートとなり、教室やグラウンドで誰かが鼻血を出した際には、下手な教師よりも、手際よく応急処置をしていた。彼の説明では、鼻がしらの両脇、つまり眼鏡の鼻当てがぶつかる辺りには、皮膚の表面近く太めの血管が通っていて、それを指で軽く押さえてやると効果があるとのことだった。休み時間に入った教壇で行なわれたK君のレクチャーを聞いたクラスメイト全員が、自分の鼻をつまむような恰好で練習をし、互いにその姿を観て教室中が笑いの渦となったのも、卒業間近になり和み始めたクラスの楽しい思い出の一つとなった。

「で、このブースに何のご用?」

管制情報室へ私を紹介する役割を果たした先輩課員が立ち去ってから、私は今回の事故のことを、知る限り詳細に話した。

「ふーん、そんなことがあったんだあ。聞いていなかったよ。いや、たとえ聞いたとしても、請負契約でがちがちの守秘義務を約束してあるからね、誰にも言わないけど」

「そのへん、信用するわ」

「サンキュー。じゃあ、まずは、バトルジェットの運行モニターについて説明すっか・・・」

K君がキーボードとマウスを操作すると、たくさん並べてある液晶モニターの一つに、コンピュータ画像が現れた。

「えー、この太い水色の線が、バトルジェットの軌道を表している。実際はぐるんぐるん回る複雑な軌道だけど、このように単なる長方形に置き換えて表示されるわけ。で、この太い線には、時計周りで、1から26まで番号が付いているよね。ほら、この黒字の数字。それが、軌道の区間設定を示している」

「そのうちの一つの区間にでも、ジェットが2台入ったら、全域にブレーキが掛かるのね?」

「そうだよ。あと、規定台数以上のジェットが追加されても全域停止。センサーがたとえ一箇所故障しても全域停止。ブレーキ用の空気圧縮装置が故障しても、停電しても全域停止。停電しないまでも照明が壊れたら全域停止。震度4を超える地震が発生しても、コンピュータがおかしくなっても全域停止・・・ などなど、徹底的に安全を追求したシステムとなってるよ」

「マニュアルの中に、そうした全域停止の発動要因を列挙したページがあった気がするわ」

「おっ、がり勉の樫見! お変わりありません、というわけだ!」

「いやだあ、そんなこと言うの、やめてね・・・」

「はーい!」

「ところで、点滅しながら移動している、小さな四角形、どれも色が違うけど、運行中のジェット?」

「そうだよ。まさに今、本線を移動しているジェットさ。保全課員の人が言った番号とは、見ての通り、この色違いの四角形の中に表示されている数字のことだよ」

「つまり今、10台のジェットが稼動しているのね」

「そう。左回りで1から10まで表示されているから、合計10台。これが最多の運行可能台数だ」

「この番号は、それぞれのジェットが発する信号じゃない、ということなのね」

「そう。とにかくジェットにはICチップは付いていないからね。線路脇にたくさん設置してあるセンサーが、時計周りに捉えた順で表示しているだけさ」

「ということは・・・」私は瞬時考え込んだ。

「ああ、番号の変化についてだね」

察しのいいK君が説明をしてくれた。

各ジェットの番号表示は、本線側のセンサーが捉えた順を、あくまでもその時点で表示。各ジェット固有のナンバーというわけではない。そのため、一周を終えて再出発するジェットが発生する都度、番号は全体に更新される。

「ほら、今も、番号が更新されただろ。見た?」

「うん、見たわ。」

10と表示された四角形が、第一区間へと移動したとたん、その番号は1になった。と同時に、これに合わせて、全部の番号が更新された。直前まで9だったのが10へ変わり、8だったのが9へ変わり、という具合である。

「ところで、26の区間の設定、どこから始まるのかしら? つまり、第一区間はどこ?」

「リフトのところだよ」

「ふーん・・・ 出発待機区画じゃないんだ・・・ どうしてなのかな?」

「システムの基本設計に関わった先輩から聞いた話じゃ、車庫のほうへ引き込むことになるかもしれないジェットに、1の番号が割り振られては紛らわしいから、だとさ」

「ということは、逆に辿っていくと、この26という区間が、出発待機区画。たぶん、25という区間がプラットホームの乗車区画、24という区間が降車区画。ということね」

「その通り! 察しがいいねえ」

「マニュアルは見た、それに、無料パスポートで乗客体験していて、その立場からも施設を理解しているし」

「えーっ! 社員には無料券が出るのかあ・・・ いいなあ。俺なんか、毎回高い金だして買ってらあ・・・」

「あ? じゃあ、K君、バトルジェットのマニアなの?」

「マニアもマニア、大マニアさ。何十回も乗ったよ」

「へえー・・・」

「ま、腰が抜けたりはしなかったけど、初めて乗った時なんか、それこそ鼻血が出ちゃったもんね」

「え? それ、比喩?」

「いや、本当に鼻血が出たよ。ま、例によって大した量じゃなかったから、すぐ止まったけどね。ほら、覚えている? 俺がレクチャーした鼻血の止め方。こうやって鼻を指でつまんで・・・」

「もちろん、覚えているわよ!」私はそう言いながら、高校教室でのレクチャーをまた思い出し腹を抱えた。K君もニヤニヤと笑いながら鼻をつまんだ。

さらにシステムのことを教えてもらおうとした時、携帯メールが入っていることに気づいた。チェックしてみると、衣装管理部のU子からだった。「産業医について情報あり・・・」というだけの本文だった。

なんだろう?

事故の通報を受け現場に急行したとされる産業医なだけに、私の関心は高まった。

幸い、K君は今日も遅くまでいるとのこと。また、明日も出勤するそうだ。彼の携帯の番号を教わり、ブースの内線を借りてU子へ電話をした。昼食時間帯が近づいていたので、現場用の従業員食堂で合流することになった。

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