第19話

タクシーは、バックヤード通用門のすぐそばに着けた。またバトルジェットの車庫へ行き、A子さんの被災地点となった「切り替えポイント」の仕様をもう一度見ようと思ったからだ。

「あっ! アッちゃん先輩!」

お釣りと領収証を受け取っている時、若い女性の声がした。振り返ってみると、それは大学でも就職先でも二年後輩となるU子だった。

「先輩、すっごーっい。こんな時間に、タクシーで出勤だなんて、重役みたいじゃないですか!」

バックヤード側にいたU子は、大きな声を張り上げながら、タクシーを後にして通用門へ向かおうとする私に笑顔で駆け寄ってきた。警備会社の人や、門を出入りする人たちなど気にも止めていない。

「先輩が遊園地事業部へ異動したこと聞いてましたけど、ここで会うのは初めてですネ!」

同じ遊園地事業部であっても、ふだん私が出勤する棟は本部ビル。歩いていける距離ではあるものの、現場の各部署が入っているビルとは離れている。従業員食堂もそれぞれに別にあり、私にとって親友と呼ぶほどではなく、また現場の部署で働くU子とは、特に会う機会がないままだった。

「お久しぶり。Uちゃん、あいかわらず元気そうじゃない」

「あったりまえですヨ。まだ卓球、バリバリにやってるもん!」

大学時代、U子と私は、卓球部で一緒だった。私は卒業後ラケットを握らなくなったが、どうやら彼女は今でも続けているらしい。

「Uちゃんは、たしか衣服管理部で庶務を担当しているのよね」

「うん。アッちゃん先輩のほうは、本部ビルの人事課にいるんでしょ。でも、何を担当しているの?」

「給与厚生などの業務よ」

「あ、そうか。前の事業部でも同じような業務を担当してたんだもんね。経験を買われたんだあー。タクシーで重役出勤してきても、当然って感じ!」

何かネタを見つけてはしつこく人をからかうのが好きなU子のおしゃべりは、止まりそうもなかった。労基署への報告まであと二日しか猶予がない私は、すっぱり彼女の話を断ち切りバトルジェットの車庫へ向かおうと思った。

が、その時、ふと、叔父が帰り際に玄関で授けてくれたアドバイスを思い出した。「噂好きな社員へ雑談を仕掛けてごらん」という「藪をつつき思わぬ蛇を出す」手法のことである。

しかしながら、U子は衣服管理部である。ライド運営部ではない。情報ソースとはならないだろう。

「じゃ、Uちゃん。急ぎの用があるから、またゆっくりとネ!」

そう告げて私は目的の方向へ歩き始めた。

「私も、そっちのほうに行くんですよ。医務室のシーツやタオルとか、数えるの。あれも衣服管理部でクリーニングしているから・・・ 一種の棚卸ね。看護師さんにお願いしてもいいんだけど、どうせ私、ヒマだから、気分転換に自分でやっちゃってるんだ。ついでに、看護師さんから色んな話、聞けちゃうし」U子はファイルを片手に歩きながらしゃべりまくった。とにかく道行く他のスタッフたちの目など気にしていない。

「先輩は、どこまで行くの?」

「バトルジェットの車庫よ」

「えっ? じゃ、ひょっとして先輩は厚生のお仕事で・・・」

「えっ? Uちゃんこそ、ひょっとして、バトルジェットのこと何か知ってるの?」

私は立ち止まった。U子も立ち止まった。そこは、ちょうど、水流式ライド「バトルボート」の背景となる「戦いの丘」の日陰になっていた。「丘」と言っても、土が盛ってあるわけではない。丘の絵を書いた大きな板を立ててあるだけだ。映画のセットと同様である。

私が問い詰めるまでもなく、U子はしゃべった。事故の噂は、ライド運営部では誰一人知らない者はいないという。U子と同期入社の女友達がライド運営部の事務職で、毎日のように食堂で合流するため、すぐ噂が伝わってきたそうである。

「『ジェットの前に出て止めようとするだなんて、気負い過ぎもいいとこだ!』なんて言う人が沢山いるって話よ。いくらなんでも、ひどいわよね。A子さん、可哀想だわ・・・」U子は彼女なりに正義感を示した。

「それに、もっとひどい人は、『営業停止になったらA子さんのせいだ』なんて言ってるんだって」

昨日、バトル遊園に迷惑を掛けたと言いながら、A子さんは自分を責めて泣いた。心無い人たちの非難はA子さんに伝わってしまったのだろうか? いや、まさか。気絶して病院へ運ばれた後、両親と病院の医者、看護師としか接していないはずだ。

「Uちゃん。お願いしていい?」

「事故について、おしゃべりしないこと? 大丈夫よ。これでいて、わたし、いったん決めたら口にチャックするの、得意なんだから」

「ありがとう。でも、お願いは、それよりも・・・」

事故に関わるならどんな細かい情報でもいいから、掴み次第教えて欲しい。そう、私はU子へ頼んだ。とはいえ、すぐ話を聞きに行けるかどうか分からないから、まずは携帯メールで伝えてくれるようアドレスを教えた。

「じゃ、医務室で棚卸ししたあと、さっそくライド運営部の友達のところ、寄ってみるわ。みんな現場に出払っていて、彼女、オフィスでお留守番だろうから」

「私のことは黙っておいてね」

「もっちろん。先輩の迷惑になることなんて絶対しないから、任せておいて!」

医務室の入っている棟の裏手で、U子は張り切って別れた。私は、その一つの先の隣り、巨大体育館のようなバトルジェットの建物へと向かった。

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