第18話

課長と私は小会議室へ戻り、情報の更新と整理をした。だいたい終わった頃、携帯が鳴った。A子さんの父親からだった。病院まで、今すぐ来て欲しいという。私は課長の運転でさっそく病院へ向かった。

「A子さん、目が覚めたのかな?」課長は運転しながらつぶやいた。

「どうでしょうか・・・」

父親の声が昨日以上に暗かった。父親が私へ電話をくれる時とは、A子さんへのインタビューが可能となった時のはず。だから、尋ねるまでもなくA子さんが目覚めたと解釈していいはず。しかし、父親の暗い声から、私は別の事態を予感した。

課長はまた、病院の駐車場で待機することになった。昨日、すでに父親の激怒は収まっていた。それは課長も私から聞いて了解していた。が、呼び出されたのはあくまで私だから、課長は待機していたほうがよいとの判断になった。

「なにか、アッちゃんだけで処理しきれないようなことがあったら、呼んでね。すぐ行くから・・・」

私の深刻な顔つきから、課長も別の事態を覚悟したようだった。

今日も父親が病室の前で待っていた。

A子さんには鎮静剤が投与されていることを伝えた上、父親は悲痛な顔で言った。医師から、右足がそうとう深刻な状態であると、今朝になって告げられたそうなのだ。

実は、月に二回だけこの救急病院へ出向してくる大学病院の医者がいた。その先生が足の怪我に関して経験豊富な外科医だそうで、今朝一番に診察を行なった。そして、早急な転院と手術を勧告してきたのである。もちろん両親としてはこの勧告に従うことにした。が、会社側の手続きなどもあろうし、父親は連絡をくれたのである。が、まずは、その先生に会い、直接説明を聞いて欲しいとの求めだった。

私は駐車場から課長を呼び、二人で外科医に会った。ご両親はA子さんの病室に留まった。

先生は実直な感じの人で、専門家として素人を見下すような雰囲気はみじんもなかった。足を切断したりする必要性はないと前置きした上で、レントゲン写真を使い分かりやすく説明をしてくれた。

深刻な箇所は、右足の膝まわり。それ以外の箇所もかなり痛めているが、それらは皆ギブスをして安静にした後、リハビリすれば回復可能であろう。しかし、右膝周辺は靭帯が何本も切れたり伸びきったりしている上、腱が骨部から完全に剥がれている。ただちに手術で対処しないと、生涯、右足が膝下から機能しない状態となってしまう。

「膝まわり専門の経験が医師だと、これもギブス処置で済ませるという判断ミスや、手術するにしても緊急扱いとせずに後日ゆっくりという場合がありましてね。そうした対処では、剥がれた腱の先端が萎縮してしまい、二度と骨に貼りつかなくなってしまうのです・・・ 自分で言うのはなんですが、今日、私がここに来ることになっていて、本当に運が良かったですよ」

「ということは、すぐに手術をすれば、完治できるということですか?」課長は希望を持った。

「ええ。最大の努力をします」

「よろしくお願い致します」課長と私は深く頭を下げた。

「ただし、そのためには即時、私の大学病院へ転院させ、それなりに大掛かりな手術をしなければなりません。こんな時に言いづらいことですが、費用も嵩みます」

「はい。分かりました」課長が答えた。

「私のほうは、手術は実施するとの前提で、段取りを進めておきましょう」

「はい。よろしくお願い致します」課長と私は再度深く頭を下げた。

「それにしても、どんな事があったのですかね?」

先生は改めて身体の向きを私たちの正面に合わせてから尋ねた。

「えー、それは今まさに調べている最中でして・・・ あ、樫見君、分かっているところまで、先生に話して」課長は私へ説明役を振ってきた。

私は現時点で自分なりに確信が持てる事を慎重に抽出し、説明した。怪我の実態と照合しながら聴いていたのだろうか。先生は各所で深くうなづいた。私は説明を終えた。

「うーむ。安全靴をかまして車輪の動きを止めようと、自分のほうから両足を車輪とレールの間へ、力一杯、突っ込んでしまったのでしょうねえ。後向きに倒れ、慌てて反射的に・・・」

先生は、何枚ものレントゲン写真を見ながら考え込んだ。

「おそらく利き足は右なのでしょう。だから、両足を差し入れた後、特に右足に力を入れて、踏ん張った。おそらく車体の前面にある何かを掴みながら・・・」

「あ、車体の前面にはバンパーが・・・ それを掴んだんだな、きっと」課長が言った。

「え? でも、課長、あのバンパーはゴム製の太い物ですよ。彼女の手で握ることができない幅だと思いますが・・・」

「なるほど。だが、腕で抱え込むことはできるかもしれない・・・ これで、どんな恰好だったか見当つきました」

先生はイスの上で身振りを手振り交え、説明してくれた。

A子さんは、背中の上部と両脇の筋肉もかなり痛めている。が、腰付近はさほど痛めていない。幅の太いバンパーは手のひらで握りしめることはできない。だが、両手・両腕で抱え込むようにして、しがみつくことはできる。ジェットに上半身まで轢かれては終わりだという恐怖感が、幅の太いバンパーに渾身の力でしがみつかせたのであろう。

と同時に、車輪の回転を食い止めようと、両足も全力で踏ん張った。猫背になるようにして上半身を丸め、両足は蟹股で踏ん張った恰好だ。これで、車体を前進させる外力に被災者自身の内力が掛かり、特に踏ん張った右足の膝に、とてつもなく大きな加重が掛かった。

「足を車輪に挟まれただけで済みそうな事故なのに。いや、もちろんそれだけでも重傷ですが・・・ 加えて、腱が骨から完全に剥がれてしまったのは、こうした状況だったからでしょう・・・」

先生と別れた私たちは、ロビーに出て打ち合わせをした。もはや課長はカバさんではなく、鋭敏なクロサイといった雰囲気になっていた。

「よし。二手に分かれて、進めよう! いったん、俺は、ご両親、医者との連携、そして事業部長や本社との交渉に回る。アッちゃんは、引き続き、事故経緯の解明を進めてくれ。一人で大変だろうけど、どんどんマネージャーを使っていいからね。万が一マネージャーの動きが鈍いようだったら、営業停止の可能性をあからさまにしてもいいから」

「はい。分かりました」

「じゃ、アッちゃん、これタクシー代・・・」課長は財布から千円札を二枚取り出し私に渡し、A子さんの病室へ向かっていった。

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