第17話

調査二日目。土曜日。遊園地事業部では、事務職であっても土日は勤務日だ。週休は、平日、変則的に取る。

私は所定の出勤時間よりも一時間以上早く出て、事故原因究明用として押さえたままの小会議室にこもった。叔父から授かった着眼点を意識しながら、マニュアルに改めて目を通した。もともと、分かりやすく出来ているマニュアル。理解の度合いは飛躍的に高まった。

この最新の理解のもと、収集すべき情報についてのメモも整理した。ちなみに、叔父の仮説であった車体のアイデンテティーを識別するためのICチップなるものは、付いていないことが確認できた。たいして現代的なマシンではなかったのである。

所定の出勤時間まで、あと十分ほどになった。ノックの音がし、課長が室に入ってきた。

課長が十分前に出勤?! いつもぎりぎり出てくる人なのに・・・ 彼の部下となって初めてのことだ。きっと、一晩休んで気が引き締まってきたのであろう。もちろん、そう言う私も気合いが入ってきた。

「どう? 何か見えてきた?」

「ええ。とりあえず、収集すべき情報を整理しておきました」

私はその項目について課長へ説明した。昨晩叔父に相談したことは隠しておいた。

「んー・・・ どれも集めるべき情報だねえ。いやあー、すごいね、アッちゃん。たった一日で、本格的な捜査官になったみたいだ。よし、今日も一緒にがんばろう!」

課長は、くたびれてしまったカバさんから、鼻息の荒いカバさんへと変身した。

今日も晴天だ。朝からものすごい勢いで入場者数が伸びていた。現場の切り盛りはさぞ大変だろう。だが、ライド運営部のマネージャーは、すぐに時間を取ってくれた。

営業停止処分となって困るのは彼だって同じ、いや、私たち以上に困るはずだ。人事課は少なくとも社内で事故責任を追求されることはないが、彼は責任者として追及される。事故解明に向けた行動を、私たち以上に考えて当然である。とはいえ、現場はピークシーズン。多数のライドを統括するマネージャーともなると、クレームへの対応だけでもかなりバタつく。事故解明に専念することはできない。専念可能な人事課の私たちに、引き続き依存するしかない。

マネージャーとは、また、車庫内のあのテーブルで合流した。昨日は高飛車な態度と感じたが、二日目にしてお互い緊張がとれたせいか、もう、そうは感じなかった。

質問は課長に託してあった。課長はさっそく始めた。

A子さんが轢かれたジェットは、何の理由で引き込まれたジェット?

「ええ。私もそれが気になったので、今朝一番でチーフが持っている情報を確認してみました」

マネージャーによると、チーフいわく・・・

腰抜けジェットが1台発生。それを車庫へ引き込んだ直後、安全バーが全部降りていないジェット、つまり不具合ジェットを、最終確認係が発見。そのジェットも引き込まれ、どうやらそれに轢かれたらしい。

「ということは・・・」

課長と私は同時に、しかし恐る恐る声を出した。課長はさらに続けた。

「引き込まれたジェットは、合計2台! そしてA子さんを轢いたジェットは満員だった・・・」

「ええ、そうです。恐ろしいことに、定員の16人を乗せた有人ジェットに轢かれたことになります」

マネージャーは昨日と比べものにならないほど深刻な声色で応えた。

「安全靴が潰れたのも当然だねえ。それに、乗客が事故を目撃したということにもなるのかあ・・・」

「ええ・・・ スタッフが誰も目撃していないのに、乗客にしっかり目撃されてしまったとは。お恥ずかしい限りです」

「あ・・・ ということは、乗客が事故を通報してくれたとか?」

「いいえ。その前に、スタッフが駆けつけたようです」

「スタッフは誰一人目撃していないのにかい?」

「ええ。一番最初に駆けつけたスタッフの話では、大きな悲鳴が聞こえ、それで事故を知ったそうです」

「悲鳴って、A子さんの悲鳴?」

「いいえ。乗客たちの悲鳴だそうです」

もし、この話が正しいとすると・・・

16人のお客様にしてみれば、三時間を超える待ち列を耐え、ようやく乗車。ジェットはプラットホームから出発待機区画に押し出され、いよいよリフトに引かれて出発かと思いきや、安全バーの不具合が発覚。そのためジェットに乗ったまま車庫へ引き込まれ、A子さんの事故に遭遇したことになる。

「皮肉なことかもしれんけど、目撃したお客様へインタビューなんて、できないものかなあ・・・」

「その客たちはすぐにプラットホームへ誘導され、再乗車したようです。ですので、名前や連絡先は聞いていません」

私はマネージャーの話を聞きながら、マニュアルにも書かれていた手順を、頭の中で振り返った。

その理由にかかわらず、乗客が乗ったままのジェット、つまり有人ジェットの引き込みが決定した場合には、遊撃手を兼ねる『待ち列整理係』が車庫内へ入り、切り替えポイントへ行く。そして、ポイントが収納区画の方向へ向いているかどうか、目視確認する。

引き込まれるジェットが無人ならば、堀となっているメンテナンスピットのほうへ送り込んでも構わないが、有人ジェットならば床が平坦な収納区画のほうへと送り込まなければまずい。もしポイントがメンテナンスピットのほうへ向いていたならば、手動式のレバーにて収納区画のほうへとポイントを切り替えた上で、引き込み口が見えるところまで有人ジェットを出迎えにいく。

ジェットが車庫へと移動してきたらその速度にあわせて車体の横を歩き、アテンドする。自然停止した後、それが腰抜けジェットの場合には、腰が抜けた当人へ体調を確認する。もし、気分が悪い等の申し出があれば、内線電話で医務室へ通報し、看護師へ対応を依頼する。産業医が出勤している日ならば、看護師のみならず医師も駆けつける。

しかし、A子さんが轢かれたジェットは、腰抜けジェットではない。安全バーが故障した不具合ジェットとのこと。

となると、安全バーが故障した不具合ジェットを出迎えにいったスタッフとしては、自然停止するまでアテンドする手順は腰抜けジェットと同じだが、その後の手順が異なる。なにしろ三時間以上の列を耐え、やっとの思いでジェットに乗れたのに、安全バーの故障で、突然、車庫に引き込まれてしまったお客様たちだ。迅速に再乗車させなければ大クレームとなる。だからすかさず、アクセスドア経由でプラットホームへ誘導し、『乗車係』へ割り込み乗車を依頼する。

おそらく、A子さんの事故を発見したスタッフは、不具合ジェットに乗っていたお客様の再乗車を、A子さん救出よりも、優先したのであろう。

顧客満足強化室なる部署を設け、副社長を室長に据えている会社としては、日頃から全事業部へお客様の満足、いわゆる『CS(カスタマーズ・サティスファクション)』を呼びかけている。正社員や臨時従業員のみならずパートタイマーに対してまでも、半日のCS研修の受講を義務づけている。おそらく、A子さんの救出を後回しにしてしまったこのスタッフにも、「顧客満足が最優先!」と叩き込まれる研修の効果があったのだろう。

が、A子さんの救出を行なうにしても、周囲に16人ものお客様がいたのではやりにくい。お客様が二次災害に巻き込まれる恐れもある。だから、A子さんを救出する前に、お客様をプラットホームの『乗車係』へ引き渡したこのスタッフの行動は、いずれにしても正しい。

あ? でも、このスタッフとは、いったい誰?

遊撃手の『待ち列整理係』は、不具合ジェットの前に、腰抜けジェットの対応をしているはず。同じ係が、A子さんの被災地点へ駆けつけたのだろうか? 考えてみれば、不明瞭だ。私はこの疑問をマネージャーへ伝えた。

「そうですね。すみません。チーフから、『スタッフが』としてしか聞いてなくて。まあ、たぶん、それは『待ち列整理係』なのでしょうけれど・・・ 改めてチーフに確認してみましょう」

マネージャーは、昨日に続き、チーフをテーブルに呼ぶことにした。

「私が言った『スタッフ』とは、『待ち列整理係』のことですが・・・ しかし、そう言われてみると、ちょっと変ですね。私が被災地点に到着した時には、産業医と看護師、それに『教育係』しかいなかったのだから・・・」チーフは首をかしげた。

「たしかに変だね。事故の悲鳴を耳にしたのが『待ち列整理係』だとするなら、そのあと、どういう行動をしたのだろうか?」マネージャーも頭をかしげた。

「すみません! どうやら、訊き落とした点があるようです」チーフが詫びた。

「あー、えー、うー。悪いけど、今の話、どのあたりが変なの?」

課長がマネージャーとチーフへ訊いた。が、それにはあえて私が答えた。自分なりの理解が合っているか、マネージャーとチーフに検証してもらいたかったからだ。

『待ち列整理係』の立場に寄せ込み、その動きを想像してみると・・・

・腰抜けジェット発生の連絡を受けた。

・プラットホーム側から車庫側へ行くためアクセスドアに向かった。

・アクセスドアを抜けたら、そのすぐそばに置かれているテーブルの脇を通り、切り替えポイントへ向かった。

・ポイントが収納区画の方向へ切り替わっていることを確認した。もしくは、収納区画のほうへポイントを切り替えた。

・引き込み口が見える所まで移動し、スタンバイした。

・ショーゾーン側に、『最終確認係』の姿が見えた。

・『最終確認係』が、送り込みの合図をした。

・受け入れOKの合図を返した。

・『最終確認係』が元の位置へ戻り視界から消えた後、腰抜けジェットが進入してきた。

・ジェットが自然停止するまで、ジェットの横を歩きアテンドした。

・ジェットが停止したら、腰が抜けたお客様に体調をうかがった。

おそらくここまでの想像は事実と一致しているであろう。が、この先には選択肢がある。

体調確認の結果、問題がなかったなら、お客様を建物の出口につながる通路まで案内して対応は終了し、すぐプラットホームへ戻る。もし問題があったなら、内線電話で医務室へ通報し、産業医や看護師へバトンタッチした後、プラットホームへ戻る。はたして、どちらだったのだろうか? 現時点ではこれを確定できる情報はない。が、A子さんを轢いたジェットの乗客たちが発した悲鳴を耳にしたからには、後者の可能性が高い。産業医や看護師へバトンタッチするまで腰抜けジェットに付き添って収納区画にいることになるから、そう遠くはない被災地点からの悲鳴が届いたはずだ・・・

「そうか、なるほどねえ・・・ あ? いや。でも、チーフが被災地点に到着した時、教育係・産業医・看護師はいたが、『待ち列整理係』はいなかったのでしょ? ということは、つまり、えーと、あーと・・・」課長が混乱した。

しかし、この混乱は何も課長だけに訪れたわけではなかった。私も混乱した。マネージャーとチーフも黙り込んだ。朝八時から運行が始まっているジェット。その轟音が車庫内にも届く中、四人が座るテーブルだけ、沈黙に包まれた。

「うーむ。なんにしても、『待ち列整理係』当人へ訊いてみなければ、これ以上、分かりませんねえ」マネージャーは沈黙を破った。

「チーフ。事故発生時、『待ち列整理係』に就いていた人は?」

「P君です。えー、彼、今日も出勤です。15時半からとなってます」チーフが壁に貼ってある勤務予定表を確認した。

「じゃ、チーフ。P君が出て来たら、このテーブルで合流できるようにしておいて」マネージャーはチーフへ依頼した。

チーフは了解し、課長と私に軽くお辞儀をしてから、アクセスドアからプラットホームへと出ていった。

「では、P君のインタビューは、のちほどとして、何か他に手配しておくことありますか?」マネージャーは確認してきた。

「えーと、なんか色々ありそうだけど、さて具体的には・・・」

「P君以外にも、インタビューさせてもらえないでしょうか?」

課長が考え込んだので、私が依頼をした。

「え? 事故の時にポジションに就いていた者全員、という意味ですか?」

「はい。そうです」

「うーん、それはなかなか大変だな。ローテで次のポジションを押し出していくタイミングは、きっちりしたものじゃないから・・・ ま、でも、『待ち列整理係』にP君が付いていたことが分かっているのだから、そこから順番に割り出していけばいいか・・・ 分かりました。チーフへ、この割り出しとインタビュー手配、頼んでおきます。少し時間を下さい」

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