第14話

私の頭の中では、言葉による疑問と、言葉になっていない疑念が錯綜した。調査にいくらでも日数を掛けてもいいならば、いったんオフィスへ戻り質問事項を整理すべきである。しかし、労働基準監督署への報告まであと三日、いや、もう二日と数時間しかない。プレッシャーに対抗しつつも頭を必死に回転させ、とりあえず口にできる質問を抽出した。

「ブリーフィングのみならず新人教育も、車庫内のテーブルで行われたわけですが、いつもそうなのですか?」

「はい」チーフは答えた。

「いや、それはここ二、三年のことですよ・・・」マネージャーがまた割り込んだ。そして、訂正の説明を、背景まで含めて行なった。

開業当時は、万全を期すため、各ライドには正社員と臨時従業員を多数配置し、パートタイマーの比率は小さかった。だが、四月一日の開業に、当年度採用の新入社員では、いくら正社員であっても社会人経験が全くないから役に立たない。とはいえ、開業の前年以前にプロバーの新入社員を大量採用し、一年以上待たせて置くのももったいない。そこで、社会人としての経歴がある人たちを開業間近に大量に中途採用した。しかし、彼らは新入社員よりも平均で10歳近く年上で人件費が高い。そこで、開業を乗り切り運営が安定していくに従い、一般では到底あり得ないような超早期の転職優遇制度を導入し、中途採用者をターゲットに積極的に退職を推進した。最終的には、正社員の数は、プロパー社員を中心に一つのライドに3人、と絞り込まれた。

だが、それでも物足りないと感じた経営陣は、次に、臨時従業員の人数を減らすことを命じた。なぜならば、臨時従業員は時給単価がパートタイマーに比べて高いのみならず、長めの期間フルタイマーとして働いてもらう関係上、厚生年金や健康保険の会社負担が発生するからだ。こうした人事施策の結果、現場運営におけるパートタイマー依存率は限界まで高まった。

かたや、新人の教育係は、会社の規定により、正社員か臨時従業員が就くことになっている。パートタイマーはベテランであっても教育係に就けない。

新人教育の前半は、机上で実施可能なプログラムで構成されている。そのため、開業当初は、オフィス棟にある研修室や、小会議室、応接室などを利用していた。しかし、現場のパートタイマー依存率が高まるにつれ、オフィス棟を利用する率が減っていき、車庫内のテーブル利用が定着した。新人スタッフが配属される度に、正社員や臨時従業員が教育係として現場から離れたオフィス棟に行ってしまっては、 当番チーフ一名のみ正社員・残りは全員パートタイマー、という状態が頻繁となり、施設運営上不安と感じられたからである...

「『車庫内で新人教育をしちゃだめ!』なんていう規定はないの?」

説明を終えたマネージャーへ課長が訊いた。

「ないと思いますけど・・・ どう? チーフ」

「ありません。ただし、『新人が教育の前半を理解したと確認されるまで、安全な場所で行なうように』と、教育チェックリストにも記載してあります」

「その『安全な場所』がこのテーブル、ということかあ... ま、ここに座っている限り、危険はないよなあ。それで、臨職の彼は、ここを離れないようA子さんに命じたわけか・・・」

課長は折りたたみイスの背もたれにますます身を預けた。

「あ? だけど、『教育係は一瞬たりとも新人と離れちゃだめ!』なんていう規定はないの?」

課長のヘンな質問に私は知らないふりをしていた。しかし、チーフはまじめに応対した。

「いいえ。そうした規定はありません。たとえば、トイレに行くこともありますし・・・」

『たとえば』という言葉を耳にした私は、トイレ以外にも、教育係が新人から離れるケースがあるのか否か、質問した。

「はい。あります」

「具体的には?」

「たとえば、お客様が乗ったままのジェットを車庫へ引き込むことになった場合です」

「というと?・・・」

「こうした場合、『待ち列整理係』が、すぐそこのアクセスドアから飛び込んでくることになるのですが・・・ その時たまたま、このテーブルで打ち合わせや新人教育をしているスタッフ、休憩をしているスタッフが『待ち列整理係』を支援することがあります」

「だから、教育係は『待ち列整理係』を手伝うため、A子さんと離れたのかもしれない、というわけですね?」

「内線でかまわないから、彼に確認できないかい?」

マネージャーはチーフへ言った。チーフは監視室へ電話をした。そして、臨職の彼が近くの内線から電話をしてくれるよう、手配を指示した。

「そういえば、ヘッドセットフォーンや内線電話って、全部のポジションにはないんだよね?」課長が確認した。

「内線電話は各所にたくさん設置されています。が、ヘッドセットは、『モニター係』と、操作盤の前に立つ『発車係』と・・・ えー、あとは非常操作盤の近くにいる『最終確認係』の3ポジションです」チーフが答えた。

「非常操作盤、というと?」課長がチーフへ訊いた。

「出発待機区画の、切り替えポイントの近くに設置されているのですが・・・」

チーフは説明した。

通常の運行中、出発待機区画に送り込まれたジェットは、それよりも一台前のジェットがリフトに吊り上げられて頂点まで昇っていくのを待つ。待っているジェットは、そのリフトが空き次第、自動的に押し出され、リフトに吊り上げられる。

このリフトと出発待機区画の間にも切り替えポイントがあり、通常運行中はレールがリフトの方向へ向いている。だが、ジェットを車庫へ引き込む際には、ポイントを切り替え、レールを車庫側へ向ける必要がある。

この切り替えは、原則、監視室の『モニター係』が担当する。

しかし、出発待機区画にある『非常操作盤』をいったん起動させれば、四つの機能が、監視室にある運行管理コンピュータよりも優先する。その四つの機能とは・・・

a.出発待機区画内にある「自動発進システム」の解除

b.ポイントの車庫側への切り替え

c.ジェットの押し出し

d.ポイントのリフト側への切り替え

「あー、なんだかややこしいねえ・・・ なんのために、そんなややこしい『非常操作盤』が必要なの?」

「『モニター係』なしでも、ジェットを収納できるようにするためです」

「そりゃあ、そうかもしれんけど、なんで『モニター係』抜きで?」

「たとえば、保全課が本線の点検をした後、一台だけジェットを出し、重りを乗せてテスト走行させます。このテスト走行が終わったあと、ジェットを車庫側へ戻します」

「うむ」

「この時、出発待機区画の『非常操作盤』を使って引き込み操作を行ないます」

「そうかあ・・・」

「もちろん、テスト走行の際に、別の保全課員が監視室の機械点検に入ることもあって、監視室の運行管理コンピュータから引き込み操作をする場合もあるようです。この場合には、出発待機区画の『非常操作盤』を起動する必要はありません。しかし、保全課員はたいてい『非常操作盤』を起動させて、引き込みをしているようです。彼らもぎりぎりの人数でメンテナンスをやっていて、そこまで同時に人員を配置できないからでしょう」

「なるほどねえ・・・ ところで、『非常操作盤』もコンピュータ制御なの?」

「操作盤を起動させるための鍵と、abcdの各作動をさせるボタンはありますが、全部、単純な信号を送るだけのもので、コンピュータは関わりません。操作盤の鍵を回した途端、abcdへのコンピュータの関与は遮断されるわけです」

「あ、そう・・・」

課長は、チーフの話によく噛みあっていない様子だった。もし『非常操作盤』にまで運行管理コンピュータを関与させてしまったら、abcd四つの操作をコンピュータより優先させるという目的が失われてしまう点に、どうやらまだ気づいていないらしい。

そこで、私は一つ思い出した。午前中、保全課員から説明を受けた際に疑問が浮かびながらも、質問し忘れていた事である。

「今のご説明とは別の話になるかもしれせんが、一区間に2台ジェットが入ってしまった時、全域停止を掛けるブレーキ機能は、コンピュータによって作動するのですか?」

「はい。そういう事態になったとたん、運行管理コンピュータが自動的にブレーキを作動させます。ちなみに、スタッフが手動で全域停止を掛けることも可能です。『発車係』用の操作盤にも、今お話しした『非常操作盤』にも、それから監視室にも、そのためのボタンが取り付けてあります」

「要は非常停止ボタンというわけですよ。ばこん! と一発手で叩いて押せば、全域停止するでっかいやつです」

ずっと黙っていたマネージャーが、人の話を聞いているばかりで溜まったストレスを発散するようかのように、大きな音を立ててテーブルを平手で叩き、ボタンを押す仕草をしてみせた。

これが合図になったかのように、内線電話が鳴った。チーフが電話を取った。臨職の彼からだった。さきほどの推察が当たっていたことが確認された。

教育係は、テーブルでA子さんの新人教育を始めた。第一単元が終了した。その時、アクセスドアが開き、『待ち列整理係』が飛び込んできた。お客様の乗ったままのジェットの引き込みへの対応を始めた、と直感した。それを支援しようと判断した彼は、A子さんへテーブルで待っているように命令。そして、A子さんと別れた。

その後、なぜかA子さんは命令に反してテーブルを離れてしまい、教育係の目の届かない場所で被災したのだ・・・

単調な事務仕事から逃れたかったとはいえ、さすが膨大な情報が一気に流入し、私の頭は午後早々、飽和状態になった。もう少しでめまいを起すところだった。昼食を逃していたこともあり、マネージャーとチーフと別れた後、課長と私は本部ビルに戻り、それぞれ休憩に入った。

休憩後、マニュアルを広げたままの小会議へノートパソコンを持ち込み、半日で得た情報を表入力した。特に要領のよい情報整理の方法を思いついたわけではない。「とにかく忘れないように・・・」と、箇条書き式で表入力していった。ただし、マニュアルを見れば分かるだろうと思った情報については入力を省くようにした。

入力を終え課長と一緒にプリントを眺めてみると、周辺情報ばかりで、事故そのものの経緯は全く掴んでいないことを痛感した。疲れがドッと出て、私までもがくたびれてしまったカバさんのようになった。

事故究明専用と化した窓のない小会議室に掛けてある時計を見ると、終業時間は過ぎていた。A子さんの父親からは、空振りに終わってしまった二度目の訪問以後、連絡がきていなかった。課長は、労基署向けの報告書を月曜日に間に合わせることを諦めてしまったようで、私へ帰宅を勧めた・・・

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