第10話

パートタイマーの男の子はおにぎりを黙々と食べ終え、アクセスドアからプラットホームへ出ていった。そのドアが閉まり切らないうちに、同じドアからマネージャーが車庫側へ入ってきた。現場の管理職用に支給されているジャケットとスラックスを着ていたので、すぐマネージャーと分かった。

「教育係だった彼、ユニフォームに着替えた後、すぐここに来るはずです。で、彼、今日は『ポジのローテ』に入る予定なので、手短にして下さいね。なにしろ外は凄《すご》い待ち列ですから・・・」

到着したマネージャーは、私たちが時間を浪費しないようにと念を押した。

「えー、『ポジのローテ』って、なあに?」課長は私のことを紹介もせず、マネージャーへ質問をした。

「えっ? 知らないんですか? 事務方《じむかた》はこれだからなあ・・・」

課長よりずっと年下。しかし人事制度上、職位が課長と同等となるマネージャーは、あきれた顔つきをしてみせながらも、紹介されていないままの私へも時おり視線を配分しながら、詳しく説明してくれた。

ポジとは、ポジションの略。ローテとは、ローテーションの略。運行に必要なポジションが多数あるライドでは、スタッフが各ポジションを次々と渡り歩き交替していく方式を取っていて、これを『ポジのローテ』という。一つ前のポジションに就くスタッフが、次のポジションに就いているスタッフを先へ押し出すことになるので、ところてん方式とも呼ぶ。ポジション数よりも多い人数をローテーションに投入することで浮いているスタッフを作り、そのスタッフを休憩にまわす。食事時間帯にはさらに多い人数を投入し、休憩時間を引き延ばす。

「なかなか合理的なやり方だねえ。で、何分単位で、次のポジションに移っていくの?」 課長は感心したうえで訊いた。

「通常は15分ですよ」

「きっちり?」

「まさか。ゆらぎがありますから。いったんローテへ投入したら、状況に委ねます」

「ふーん。でもさあ、パートタイマーは出勤時間がまちまちだし、遅刻とか欠勤もあるだろうし。どのタイミングで投入するとか、どのグループへ投入するとか、誰が決めるの? もしかしてマネージャーが自分で?」

「まさか。私は、ライドエリアにある複数の施設をまとめて観ている立場ですから。そうしたことを決めるのは、個々のライドのチーフです」

「そうかあ、チーフねえ・・・」そう言いながら、課長はマネージャーから私へと視線を移した。

(あとでチーフにもインタビューしよう!)と課長は目で伝えてきたのだ。課長と私のコンビネーションは段々向上してきた。

「ところで、バトルジェットの運行に必要なポジションって、いくつあるの?」課長は訊いた。

「配置図をみないと、正確には・・・ とにかく、ふだんの運営はチーフに任せてあるので、完全に暗記とまではいかなくてね。いずれにしても、インタビューの後、案内します」

「そ、そう。ありがとう。でも、俺たち、ユニフォーム着ていないよ」

「さらっと眺め渡すだけだから、私の権限で例外扱いにしますよ」

「え? そんなんで、全部のポジションを見ることができるの?」

「屋外の待ち列整理ポジションを除いてですけどね。あちらは案内するまでもないでしょう。長い列に多数のスタッフがいますが、一定間隔で配置してあるだけのことなので。さらっと見ると言ったのは、プラットホーム周辺のポジションです・・・ あ、待てよ。監視室のことを忘れていたな・・・」

「なあに、監視室って?」

「プラットホーム全体を見渡せる部屋が、二階部分にありましてね。運行状況もコンピュータ画面で観ることができるし、車庫へジェットを引き入れる際にもポイント切り替えしたりと、いわば管制塔みたいなポジションです。これまで案内すると長くなってしまうな・・・ そこのアクセスドアを開ければ、監視室の窓が見えるはずだから、今、覗いてしまいましょう」

マネージャーは私たちをアクセスドアのところまで連れて行き、ドアを手前に開け放った。

プラットホームは混み合っていた。電車のラッシュアワーには敵わないかもしれないが、お客様でびっしり詰まっていた。私はその混雑ぶりに少したじろいだが、マネージャーはそんなことには気づいておらず、さっと大きく左手で二階部分を指《ゆびさ》した。その方向に目を移すと、大きなミラーが見えた。それは監視の窓だった。お客様の側から監視室の内部が見えないよう、ハーフミラーの窓になっていたのである。このため、他のポジションとは、ヘッドセットフォーンもしくは内線電話でやり取りをし、身振り手振りのボディランゲージによる情報伝達は行なわない。

「あの~、マネージャー。監視室から、車庫内は見えないんでしょうか?」

ショーゾーンと車庫の間は、仕切り壁によって視界が遮られている。だから、監視室の窓から見ても、仕切り壁に阻まれて車庫内は見えない。そのことは訊くまでもなく分かっていたが、監視室と呼ぶぐらいだから、車庫の中も監視カメラで映しているのかもしれないと思い、私はマネージャーへ初めての質問をした。

「おっ、そうだ! アッちゃん、いいこと訊いたね。監視カメラがあるんなら、事故の瞬間、録画されてるかもしれない」課長がフォローした。

「いいえ。車庫にはカメラは設置されていません」

「えっ!? そうなの?」課長は驚いた。

「はい。車庫内はフラットな床ですし、ジェットはのろのろ進むからブレーキシステムもなく、人がブレーキに挟まれる危険もありませんから。ま、モニターするまでもないということです。この点からしても、昨日の労働災害は、本人の不注意といえますね・・・」

本人の不注意。

またもこの嫌な言葉が飛び出した。私は一瞬ムカッときた。しかし、態度は高飛車ながらも妙に詳しく説明してくれるマネージャー。心象を悪くしてはならないと思い、深呼吸してから、彼の見解に同意したふりをした。

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