セクション2 ヒューマンエラー・概論 -1『概念論』コース000002

セクション2
「『ヒューマンエラー』の定義」

2-1「ヒューマンエラー広義の定義と狭義の定義」

ヒューマン=人間、エラー=過ち※1、との翻訳上の前提に基づき、ヒューマンエラーという概念を最も広く定義しようとすれば、文字通り「人間による過ち」とできなくはない。
この広義の定義を活用すれば、「人間による過ちは何であっても防止しよう!」という形で、気高い理念を設定することができよう。

だが、実際には、私はこの理念は推奨できるし実行すべきと思うものの、この定義自体は推奨できない。なぜならば、ヒューマンエラーという言葉は安全管理上のキーワードとして重宝と思うものの、「人間による過ち」とまで概念の範囲を広くしてしまうと、ピントがぼけてしまうからだ。※2

そこで、私は次のように狭く定義することを推奨する。

ヒューマンエラーの定義(狭義)
「危ないと分かっていながらも、つい犯してしまう過ち、うっかり犯してしまう過ち」


2-2「ヒューマンエラー 狭義の定義の詳細説明」

では、ヒューマンエラーの狭義の定義文の中で述べた「つい犯してしまう過ち」「うっかり犯してしまう過ち」とはどういう過ちなのか?

「つい」と「うっかり」という、いわば文学的表現を、完璧に仕分けすることは無理があると思うので止めておき、こうした過ちとはどのような過ちと私が想定しているのか、説明する。(過ちを犯す立場を軸にしての説明)

それは、
作業中意識は継続的に覚醒し、かつ、以前より危険性を承知し、後から振り返ってみても危険性を充分理解できるものの、その時にだけ危険性についての認識が薄れてしまい、「不安全な行動・動作に対する牽制作用」等が働かなかったり、「不安全な状態への対処」「正しい行動・動作」等をしなかったために起きる過ち、※3

または、
作業中意識は継続的に覚醒し、かつ、過ちを犯す以前・犯す寸前・犯す瞬間いずれの時点においても危険性を認識していたものの、その認識が、「不安全な行動・動作に対する牽制作用」等や、「不安全な状態への対処行動・動作」「正しい行動・動作」等へとつながらなかったために起きる過ち、である。※3

この説明はだいたいの説明であり、両者を完璧には区分できない上、両者が混ざり合う場合もあると思う。が、理解を進めていくため、便宜的に、以降、前者をヒューマンエラーA、後者をヒューマンエラーBと呼ぶ。

 

2-3「ヒューマンエラーAとヒューマンエラーBの共通点・相違点」

前述のヒューマンエラーAとヒューマンエラーBに共通する要素は、作業中意識が継続的に覚醒していることである。(眠気がさしたり呆然自失となったり等の状態ではなく、頭も冴え思考も円滑な状態)

また、Bのほうの文章には記載していないが、「以前より危険性を承知し、後から振り返ってみても危険性を充分理解できる」点も、両者の共通点である。

ヒューマンエラーAとヒューマンエラーBで異なる点は、
ヒューマンエラーAでは、その時にだけ危険性についての認識が薄れる点、
それに対しヒューマンエラーBでは、過ちを犯す以前・犯す寸前・犯す瞬間いずれの時点においても危険性を認識しているという点が異なる。
また、
ヒューマンエラーAでは、「不安全な行動・動作に対する牽制作用」等が働かなかったり、「不安全な状態への対処行動・動作」「正しい行動・動作」等をしなかったため※4に起きるという点、
これに対しヒューマンエラーBでは、危険性の認識が、「不安全な行動・動作に対する牽制作用」等や、「不安全な状態への対処行動・動作」「正しい行動・動作」等へとつながらなかったため※4に起きるという点、が異なる。

前述もしたように、この説明はだいたいの説明であり、両者を完璧には区分できない上、両者が混ざり合う場合もあると思う。
しかし、こうやってヒューマンエラーを緻密に見る努力をしておくと、後述する「準ヒューマンエラー」との違いが分かりやすくなるので、このまま活かしておきたい。


2-4「ヒューマンエラーAとBのたとえ」

ヒューマンエラーAとヒューマンエラーBについて、たとえで説明すると、次のようになる。

所定の動作を反復する作業を続けることによって、反復動作が手の癖となるまでに定着してしまい、その動作をしてはならない時にまで動作してしまい、機器に手が挟まれる事故が起きた場合があったとする。(たとえばプレス等の機器)

これが「慣れ」などによって危険性の認識が薄れた中で起きたとすれば、ヒューマンエラーAに該当する。
その瞬間も決して危険性を忘れておらず、意思に反して手が勝手に動いてしまったとすれば※5、ヒューマンエラーBに該当する。

が、実際には、このような事故・災害においては、AB両者の違いを明確に掴むことは不可能だと思う。また、組織としては、作業効率の側面から反復動作が身に付くことを期待してもいよう。だから、ヒューマンエラーAだろうとヒューマンエラーBだろうと、不用意に手が出したくても出せない仕組みや、不用意に手を出しても機器に挟まれることがない仕組み等を作ることが安全対策上必要となる。
たとえば、機器作動のボタンを二つにして、それを両手で同時に押さなければ機器が作動しなくなる、防護柵を閉じなければ回路が切断されたままになる等々の仕組みである。


2-5「ヒューマンエラーとヒューマンファクターの違い」

以上により、ヒューマンエラーの定義は明確になったと思うが、関連語でヒューマンファクターという言葉がある。当コースにおいては、ヒューマンファクターは「人的要因」と定義することで、両者を別の概念として扱う。

「エラー」と「ファクター」では明らかに意味が違うから、ここでわざわざ定義し、両者の違いを明らかにする必要はないとも思ったが、以前、ヒューマンエラーヒューマンファクターを同義語として扱っていた人に出逢ったことがあったので、念のために述べた。

両者を同義語とした人は、事故・災害を調べたところ原因はヒューマンファクターであることが判明し、そのヒューマンファクターを調べたら、それはヒューマンエラーであった、というようなケースを知り、それゆえ、ヒューマンエラー=ヒューマンファクターと結論づけたのかもしれない。

しかし、そのヒューマンファクターを調べたら、それは人的要因には違いはなかったが、ヒューマンエラーではなかった、というケースもあり得る。
つまり、ヒューマンファクターは、ヒューマンエラーとそれ以外に分かれる。

では、ヒューマンエラーではないヒューマンファクターに該当する分類上の概念として、どのような概念があるとするのか?
それは、セクション3と4にて述べる「悪意のある過ち」と「準ヒューマンエラー」である。※6 ついては、それぞれ後述する。


※1:
「過ち」を「エラー」の訳語として採用したのは、それ単体の訳語としてベストとの判断に基づくわけではなく、「ヒューマンエラー」を考察する上で「エラー」を「過ち」としておいたほうが便利だからという、当コース展開上の都合である。ご了解頂きたい。
もし、「過ち」という言葉を「エラー」に当てはめることにどうしても抵抗がある人は、「誤り」等その他別の言葉に、以後、読み替えて頂いても構わない。

※2:
2-5をお読み頂ければ自動的にご理解頂けるが、「人間による過ち」を「ヒューマンファクター」の分類に組み込むことは、全く構わない。当コースでは、「ヒューマンエラー」と「ヒューマンファクター」を、別の概念として扱う。詳しくは2-5にて述べる。

※3:
私の文章作成の力量の限界により、説明文中の言い回しの時勢が不統一であることを了解頂きたい。徹底的な統一を試みてはみたものの、かえって分かりずらくなるような気がしたので、左記の通りとした。

※4:
AとBを完璧に区分できないと言っておきながらで申し訳ないが、この「しなかったため」と「つながらなかったため」という点だけは、きっちり分けておきたい。

※5:
意思に反して手が勝手に動くことなどあり得ないと主張する人に出逢い強く反対されたこともあるが、私はあり得ると思う。ただし、どこまでが「意思」の領域とするのかについては、完璧な区分はできないと思う。見方によっては「意思」の定義次第とも言えるが、「意思」にスポットを当てて論じることは、別コース(意思決定論コース)とし、ここでは踏み込まない。

※6:
ヒューマンファクター(人的要因)を言葉通りとすれば、「悪意のある過ち」と「準ヒューマンエラー」のみならず、計画的犯罪やテロ等などもヒューマンファクターに該当する。そうすると違和感を感じる人もいるかもしれない。かと言って、これを「非ヒューマンファクター」とするのも、違和感がある。ついては、ヒューマンファクターの概念の範囲は最大にし、計画的犯罪やテロ等もヒューマンファクターとする。


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